甘い罠

R-18 作:香葉しい+七篠
【注意書き】
※坂道x巻島大学生編(未来/捏造設定有)
※今回のテーマは「 襲い受 な巻島さん」。坂x巻ですが、正確には「坂←巻」という感じです……。



夜も深くなり空の星がきれいに見える頃、「先週の大学合同レースの打ち上げ」という口実で開かれた飲み会がようやく終わった。近隣の大学生御用達の安くてうるさいチェーン系居酒屋で、ベロベロに酔った巻島は部屋の隅で壁によりかかり、またたびを嗅いだ猫のようにだらしなく崩れている。巻島はあんまりひどく酔う時はねーけど、たまにひどい。そん時は本当にひどい。……とチームメイトの荒北が苦々しい顔で評したことがあった。
「小野田ァ、オメー後輩だろ。巻島ァ送ってけ!」
「あの、いつもの事なので何ですけど、送ってくのボクじゃなくても別にいいですよね……」
にゃー。坂道ィ〜。としなだれかかる酒臭い巻島の腰を支えながら坂道は軽く不満を述べた。
「オメーが一番安心なんだよ。……色々な意味で。」と荒北は坂道の背中をバシッと叩いた。



「よいしょっと……。立って下さい。ほら、歩けます?」
「何とか……」
坂道は酔い崩れている巻島の肩を組んでタクシーのシートから立ち上がらせた。こういう時にはおなじくらいの身長で助かるな。大きくなって良かったよ。と坂道は思う。高校生の頃の自分はまだ背が低かったので、巻島を連れて帰るのは無理だっただろう。……とはいえ、あの頃はこういう飲み会やそれに関する厄介事とも無縁だったけど。
這々の体で坂道と酔っ払いのコンビは巻島の住むマンションまで辿り着いた。高級マンションはセキュリティがしっかりしているのは良いが、入るのが少々面倒だ。特に、酔っぱらいの体重をひとり分抱えた身では。巻島の細い身体からはアルコールの揮発臭が奈良漬になりそうなほど匂ってくる。
「最近、ちょっと飲み過ぎじゃないですか?」
「酒美味いっショ」
「そうじゃなくて……。はい、着きましたよ部屋」
巻島のジャケットの右ポケットを探ると、坂道は馴れた手付きで鍵を出し、重いドアを開けた。

手を伸ばして暗い廊下の照明を点け、酔っぱらいの家主を左側の寝室に運び、義務を済ませた坂道はさっさと帰ろうとしたが後ろから不意にガシッと手首を掴まれてとどまった。
「もう帰っちゃうっショ?遅いし、せっかくだから今日は泊まってけよ」
「明日のアニメ見たいんで……。新番組の『ラブ★ヒメ デラックス!』まだ録画予約してないんです」
「お前は先輩よりアニメのほうが大事なんだ。ふーん」
巻島は坂道のほうを不満げな面で見返した。
「何言ってるんですか」
そういうのは比べるものじゃないですよ。と坂道は続けた。
「酔っぱらいに正論で返すんだ?」
「あいにくまだ正気なんで、ボク。誰かみたいに今日あんまり飲んでないですし」

帰ってもいいけど、その前に、せめて水持ってきてっショ……。という切実な願いを受けて、キッチンから高級なグラスに入った水を坂道が寝室に持ち帰ると、巻島はベッドの上で仰向けにだらしなく横たわっていた。暑く感じるのか、シャツのボタンをポチポチ外して乱れた息を吐いている。
「やっぱチャンポンで飲むのは良くねーショ。よく廻る……安いしなァ、エタノールの水割りだろアレ」
「水持って来ましたけど、起きれます?」
大丈夫ショ。だるそうに巻島は半身を上げて水を受け取りごくごく飲んだ。最後の1センチ分を口に含めると、ベッドに腰掛けていた坂道の上体を引き寄せて、唇を付けて無理矢理液体を移した。
「……!」
不意打ちの行為に思わず水をごくり。と飲み込んだ坂道が目を開いて驚くと
「酔った身体には美味いっショ?水。」
ニヤリ。と巻島はチェシャ猫のようなしたり顔で笑みを浮かべた。
「そういう冗談止めて下さい……」
うんざりして坂道は巻島の胸をぐいと手で押し返す。悪酔いした人は嫌いです。
「嫌?」
「ボクは女の子のほうが好き、って知ってるくせに」
坂道はすねた眼差しで巻島を見つめた。

「一人寝、ってのも時々寂しくなるんショ」
特に何もしなくていいから、添い寝してくれるだけでいいショ。という言葉に乗せられ坂道はまんまと巻島のベッドの中まで引きこまれてしまった。
「ほんとうに"寝る"だけですよ?今日は何もしませんからね?」
うんうん。それでもいいショ。と巻島は答えたが、坂道の知っている今までの経験からして正直怪しいものだ。しかし
「オレが寝たら帰ってもいいから……」
とまで言われると手ひどくあしらうのも躊躇われた。



受験前の半年間、あれほど大好きなアキバ行きを自粛するほど必死に勉学に励んだ坂道は、巻島と同じ大学になんとか合格して、敬愛するクライマーの先輩とまた前と同じように一緒に走れるんだーと胸をときめかせていた……のだった。しかしようやく再会した巻島は高校生の時とは雰囲気と性格が色々と変わっていた。色々と。大切なことなので2回言いました。きっと何か事故でもあって人として軸が45度くらいずれちゃったんだ……と坂道は悲しく思うが当の本人は「実家出て自由になって本性が出ただけショ」と悪ぶった。
どうも巻島は妙なフェロモンを持っているらしく、男女問わずある種の人間から凄くモテるのだが(以前ストーカー被害にあったこともあるらしい)、そんな流れで大学生になってからしばらく付き合っていた年上の男性から色々悪い手解きを受け、彼はさなぎが蝶になるように艶っぽく変化した。好みで気が合えば相手が男でも女でも寝るっショ、オレは。とまで言っていた。どういう流れだったかはもう忘れてしまったが、酒の席の軽口で坂道が勢い余って
「ボクはー、清楚でカワイイ女の子と真心を通じ合った後に海の見える白いホテルではじめての夜を過ごしたいんです!」
と自分の理想を告白した時、爆笑を堪える余りものすごく変な顔になった時の巻島の表情は坂道にとって一生忘れないトラウマだ。あのいたたまれなさを思い出す度恥ずかしさで何度も死にそうになる。

好きだけど、憎々しいとも感じる。お互いの相容れない恋愛観念を除けば、二人の人間関係は高校生の時とあまり変わらなく良好だった。
しかし、ひょんなことから坂道は巻島と寝てしまった。何か上手いこと仕組まれていた気がするが、過ぎたことなので深い詮索はしない。というか、墓を掘りかえすような行為はしたくない。まさか初めての相手が男だなんて……しかも何回も。「(ネットの言葉でいうなら「どうしてこうなった♪」だよ!)」と坂道は頭を抱えたくなる。



「ちょ、っと、どこ触ってるんですか……。もう!」
布越しに身体の一部、敏感な所に触れられて坂道は慌てた。今日は何もしないって言ってたくせに……。愉快そうにしている犯人の方を睨む。
「別になにか減るもんじゃなし」
「減りますよっ」
「誰かに触るの、気持ちいいぜ?」
いつの間にか身体を密着させてきた巻島はまったく悪びれる様子なく続ける。女でも、男でも。誰でも「嫌いな奴」には触らないっショ。わかる?教師のような口調で坂道のことを諭しにかかった。
「わかるような、わからないような」
「だいたい身体の方が正直だよな。ほら、おっきくなってきたっショ」
巻島は不敵な笑みを浮かべながら、坂道の血の滾った欲望を焦らすように、膨らんだ部分を上下に擦った。お互いに持っている箇所だからこそ、快い場所もよく知っている。まして何度も身体を重ねた仲だ。
「……巻島さんはいつもひどいです」
「オレは、ひどい奴っショ」
上からそっと被さる体重に坂道はなすがままに縛り付けられ、巻島の薄い唇が近づいてきた。入口を探る舌を仕方なく受け入れ、強弱をつけて何度も何度も吸い返す。
「お前はやっぱりかわいい後輩だよ」
巻島はその大きな手で坂道の硬めの髪をヨシヨシと撫でた。
「褒められたってあんまりうれしくないです」
ああ、もう、これじゃ今日もまた帰れないよ。坂道は腹を決めた。どうせこのまま帰ったって一旦火が点いたものを鎮めるのはそれはそれで面倒だ。

眼鏡を外そうとした坂道はその手を止められる。
「眼鏡、取っちゃうショ?」
「壊れたら困るんで……」
「ソレ取ったら全然見えネーんだろ?もっとこっち見ろよ……。これからいいコトしてやるからさァ」
下着ごと着衣をするする脱がされ、普段は人目に隠している坂道の箇所が外気に晒される。
「すっげ反応してるショ」
「……。誰のせいだと思ってるんです?」
そりゃ勿論オレのせいだろ。と巻島は軽口を叩きながら坂道の欲望の根本に長い指を這わせ激しく上下に動かした。先端から透明な粘り気が溢れる。それを集め、先の膨らみ全体にぬるぬると手のひらでまぶす。普段露出していないからこそひどく敏感な場所だった。
「……気持ちいい?」
「悪いわけ、無いでしょう……、あ、ちょっと……ぁ、あっ」
外気に晒されていた分身が急に温もりに包まれ坂道は身をひくつかせた。巻島の柔らかい口の中はぬるぬるしていて体温以上の熱さを感じる。薄い唇と舌を使って、いきりたった欲望を直接口内で愛撫される事は若さを持て余す坂道の身にとって堪らない至福をもたらす行為だった。たまに巻島と視線が合うと、愛撫するのと同時にちらちらとこちらの様子を探っていることが判る。わざと淫らな音を立てて舐めたり吸ったりするのも性的な雰囲気を煽る一環だろう。欲に濡れた切れ長の瞳が余計たまらない思いを高めさせた。
坂道は他の人間から同じ行為をされたことはないが、これだけの技を持つ者はそう存在しないだろうと思う。「昔の男の教育」というのがどれだけ上手かったのか、それとも巻島本人の情熱や適性が特別だったのかは分からない。行為中だが多少真面目なことを考えでもしなければ、充分に育てられた欲望は直ぐに気をやってしまいそうだった。

達しそうになったので坂道が焦ってその欲望を唇から離そうとした所、吐露した白濁をうっかり巻島の顔にかけてしまった。白い液体が唇から黒子を経由して、顎の下方に流れる様子がひどく煽情的だ。
「あ……」
「口ん中に出して良かったのに。オレは坂道の味、嫌いじゃないショ」
巻島は指についた白濁を勿体なさげにぺろりと舐めた。そんなの、飲む物じゃないですよ。どれだけ……と坂道があきれて返事をする前に、巻島は坂道の高ぶる欲望のふもとに触れてきた。
「ん、ちょっと……ダメ、です……んっ……」
「まだイケるよな?……今度はオレの方もたくさん愉しませてくれよ」
再び大きく育った欲望に、愛を交わすための小道具を手際よく被せると巻島は腰を高くあげてゆっくりと坂道の身体の上に跨った。

最初の時は情を交わすのに「意外な箇所」を使うことに坂道はひどく驚いたが、いつの間にか慣らされてしまった。ぬめりのある液体を使って自らそこを解した後で、巻島は坂道のいきりたった欲望を己の身体に徐々に沈めていく。
「あ……あぁ……すごく、熱い……です……」
自分は挿れている方のはずなのに、まるでこっちが獣に喰われているみたいだと坂道は惚けた頭で思う。
「……ん、まだ動くなよ。最初だけはちょっとキツいっショ。慣らさねえと……」
低い声で頼まれなくとも、坂道は蛇に睨まれたカエルのように動けない。巻島は欲望を深く呑み込んだ後しばしの間身を慣らし、上に乗っている自分の方から器用に腰を動かし始めた。

秘密の箇所に激しく締め付けられ、あらぶる欲望がひたすら煽り立てられる。
「坂道……どうショ?オレは……イイ……ショ……」
「……最高、です。すごく……たまらなくっ、て……あっ、ぁ……あぁ……」
何度も強弱を付け、動きを変える巻島の至上の腰使いに、必死で堪えていても坂道は勝手に声が出てしまう。同性同士の交わりという禁忌感と、肉食の獣に喰われ犯されているという思いが互いの快楽を更に上乗せしていた。
「すごい、良いっショ……あっ、あっ、イイ……」
時折背を折り曲げ、身体の下で喘ぐ可愛い後輩になんども深く接吻しながら巻島は性を貪る行為を続けた。

最中に坂道は精一杯の残された力でなんとか半身を起こし、妖しくうねる巻島の腰を掴んだ。
「ん? どうした」
「……最後まで一方的にされっぱなしなのはちょっと嫌だなぁ、って」
すねる言葉に、意志の強い目が輝いた。
「クハ。良い傾向っショ」
対面座位の形を取ると坂道はゆるゆると腰を使い出し、巻島の中に強く弱く、また強く何度も突撃した。同時に、お互いの身体の隙間で頭をもたげる巻島の熱い欲望を手でぎゅうぎゅう扱いてやる。
「あー、アァ……あっ、すごい良い、イイショ……坂道……」
巻島は坂道の肩に頭を預け、いや増した愉しさが眉間を歪めた。
「まきしまさん……、ボク、もう……っ……」
「さかみち……いい……すごく、イイ……あっ、ぁっ、好き……すき……ショ……」
快楽の徒であることを告白しながら巻島は頂点を迎え、その様を見届けた後で、坂道もようやく我慢していた気をやった。

**

身体を交える行為自体は快いが、その後に襲ってくる全体的な怠さが色々面倒だと坂道は感じる。自分と違ってこの人は面倒なことすら織り込んで愉しんでいるんだろうけど……と重い頭で考えながら、色々と満足したのだろう、恍惚とした表情で目を閉じている隣人の姿を頭の上から臍のあたりまでちらりと眺めた。好意とか愛情はさておいても、自転車で鍛えた、無駄な肉がついていない巻島の細身の肢体が美しいなぁと単純に思う。
ベッドサイドのデジタル時計をちらりと見ると、もう終電も無い時間なので今から家には帰れない。本日の楽しい深夜アニメタイムはお預けだった。

巻島は眠っているように見えるが、坂道の腰骨の横辺りをゆるゆるとさすっているのでまだ意識はあるらしかった。坂道が身体の位置をずらそうとしたので感づいたのか
「今から帰るっショ?」
と眠そうに床の中から問いかけてきた。
「今日はもう電車無いですよ……」
半ば無理矢理脱がされた衣服を一枚ずつ纏いながら、今更だが疑問に思ったことを坂道は口に出す。
――巻島さん、本当は今日あんまり飲んでなかったんじゃないですか?
空気すら凍るような真剣な質問を向けられ、巻島の瞳の色が一瞬だけ鋭く変わる。
「どうしてそう思った?」
「ベロベロだったらこんな事できる余裕、無いですよね」
……クハ。さっきの「運動」で酔いが覚めたからどうだったかねェ、忘れたっショ。巻島は答えを見事にはぐらかした。

「あの。」
長く心に留めていたが今まで出さなかったことを坂道は思い切って吐いた。
「んー、何?」
「適当に他の人と寝るのはもう止めて下さい。ボクでよければ、代わりに……あの。付き合うので……」
身体だけの関係を本心で絶ちたいならいつだって断ることはできた。この人が適当な誰かに触れられるのも、誰かに触ることもほんとうは我慢なんて出来なかった。――だからハマるのは嫌だったんだ……と思っていたのに止められなかった。

しなやかで美しい獣は、長い腕を伸ばし、坂道の首の後ろに手を回すと唇をそっと近づけてきた。 甘さを軽く味わった唇を離すと、坂道の大きな瞳をじっと見詰める。
「お前は知らないだろうけど……。実は、もう1年くらい他の奴とは誰ともシてねーショ。坂道だけだよ」
巻島のさりげないが重大な事実の告白に、おもわず坂道は刮目する。
「嘘じゃないショ」
「えっ。それって……。ボク、自惚れてもいいってことでしょうか」
その質問自体には否定も肯定もしないで巻島は
「……だから、坂道の好きにしていいんだぜ?」
ニヤリ。と笑った。


【END】
2012.04.17 香葉しい+七篠