「Vampire」【前編】- 妄想会議

「Vampire」【前編】

※田巻。パラレル設定入ってます。


夕方の練習を終えた総北高校自転車競技部の部室にて、3年生の金城と田所は机に向かい合ってインターハイ予選県大会出場の件を話し合っていた。真剣な眼差しで金城が口を開く。
「田所、正直な話を聞かせて欲しいんだ。……今年の総北はインターハイに出られると思うか?」
「うちのチームはクライマー不足だから厳しいな。1年生にクライマー脚質が一人居るけど、あいつはまったくの初心者でレースの経験が無ェからな」
「そうだな、エースクライマーが居ればな……。去年のエース、山内さんは卒業してしまったし」

ところで。話は変わるんだが。金城は今日の分の部誌を書き終えると机から身を乗り出した。
「最近ちょっと疲れ気味なんじゃないか?田所。目の下のところがちょっと黒ずんでるぞ」
クマが出来ていることは田所は自分でも承知していた。普段でもそれほど良くない人相が余計に悪くなっている気がする。
「ああ、ちょっと色々あってな……」
もし何かあったら遠慮無く相談してくれよ。なにせ、オレ達はこの自転車部で『2人だけの3年生』なんだから。金城はそう言うと先に部室を出ていった。

……外は完全に日が落ちてもう真っ暗だ。田所は、やれやれ、また苦手な時間が来ちまう。と思って大きなため息をついた。



「田所っちー」
……日付が新しく過ぎる頃、今宵もこの謎の男が田所の部屋にやってきた。玉虫色の長い髪をたなびかせ、手足が蜘蛛のようにひょろ長く細身の男は派手な極彩色の縞模様の服に黒いマントを羽織っている。空飛ぶマントは黒い翼のようで、失礼なことにこいつはいつも窓から侵入してくるのだ。木造2階部分の窓には鍵がかかっているがそれも不思議な力で外してしまう。
「もう来るなよ。って言ってるだろ、ったく。マキシマ!」

田所が自称「由緒正しいヴァンパイア」と名乗る男「マキシマ」と出会ったのは偶然だった。
ある日、路上の隅で真っ青な顔をして気分悪そうにうずくまっていたその男を助け起こしたことがオレの運の尽きだった。と田所は至極残念に思う。「大丈夫か?オイ」と声を掛けた数秒後に首筋を「パクリ」とされた衝撃は今でも忘れられない。あの時つい親切にしたのが人生の間違いだったと思っている。マキシマの方にとっても田所の存在は衝撃的な出会いだったようだ。曰く
「おっ、お前の血。すっげ美味いっショ!今まで飲んだ中でも最高レベルっショ!」
ということらしい。……。

「さァ田所っち、今夜も血を寄越すっショ」
真剣な眼差しでマキシマは田所のほうにスススススと近づいてきた。そんなマキシマを田所はジロリと睨む。
「いつも思うんだけどな、なんでお前ってそんな偉そうなんだよ」
オレは由緒正しいヴァンパイアだからナ。もう2000年も生きてるんだぜ?マキシマは一度マントをバサッと軽く払うと、貴族のような優雅さで長い腕を組み、部屋の白い壁にもたれて立った。昔は村人総出で生娘の血をよこすのが名誉だった時代もあったけど、今はそーゆー時代じゃねーから『食い物』を見つけるのはなかなか大変なんショ。マキシマは苦労を愚痴った。
「オレが断ったらどうするんだ」
「他に生贄を探しに行くしかねーナ。……面倒くさいけど」
チラッチラッ。マキシマは誘惑的な流し目を使って、学習机用の小さめな椅子に腰掛ける田所の方を見た。

「仕方ねえな。クソッ」
苦い顔で椅子を立った田所は、マキシマの佇む方に近づき、身を寄せた。
「田所っちは優しいから好きだぜ……」
「優しくねーよ。他のところで犠牲者が出るのが嫌なだけだ」
「(田所っちはカワイイねェ)」
思ったことは口に出さず、目を細めたマキシマは黙って『食い物』に貪りついた。

――血を吸われる事自体は案外悪くない。と田所は行為をされながら思う。何らかの効果があるようで、一種の陶酔状態に陥る。正直、下手な自慰よりも気持ち良いと感じてしまう時もあるくらいだ。いつも首の左側からパクリと喰われるのだが、不思議と吸われた跡は一切残らない。「上品に躾けられたからオレは他の奴らと違って『食べ方』が綺麗なんだヨ」と言われるが吸われる方にとっては割とどうでもいい話だろ。ソレ。田所は体格も大きく、元々血の気が多い方だからか血を抜かれることでの副作用はほとんどなかった。しかしどう考えてもこんなのはモラルに反する行為だ。それに、黙って捕食される一方だというのも男として気分が悪かった。吸血されることに何かメリットがあるか、と聞かれたら「特にねえよ」と答えるだろう。

「今夜もご馳走様でしたっショ」
最後になまめかしい感じでペロっと唇を舐めたマキシマは田所に向かって有り難く両手を合わせた。
「……止めろよ、ソレ。オレは食い物じゃねえ!」
額の上で繋がった田所の眉毛が怒りで今夜もつり上がった。

吸血された後は眠気に襲われる。唯一の副作用だ。田所はそのまま眠りに落ちた――。朝になり、目が覚めるともうマキシマは居ない。部屋の窓が大きく開いている事が彼が来た唯一の証拠だった。なんだか夢の中の話のようだ、といつも思う。……夢にしてはその輪郭が強く記憶に残っているけれど。



「おっはよォー。田所っちィ」
「……!?」
ある朝、校門をくぐった所で唐突に田所は意外な人物に遭遇した。
「ちょ、お前、何でここに居るんだよ!」
マキシマは総北高校の制服を着て生徒になりすましていた。緑色の派手な長髪以外は高校生と見た目がまったく変わらない。
(こ、これ以上犠牲者を増やすわけにはいかねえ……!)焦った田所はマキシマの首元をネクタイごとガシっと掴んだ。ただならぬ気配を感じたのか、周りの生徒がざわざわと遠巻きに集まってくる。その輪の中に後輩の手嶋と青八木の姿を見つけ田所はハッとした。
「何かあったんですか?田所さん」
「田所さん」
「……いや、何でも無いぞ」
田所は捕まえたマキシマを玩具のようにずるずる引きずって他に人が来ない部室裏まで連行して問い詰めた。
「お前、なんで学校に居るんだよ!昼は寝てるんじゃないのか!」
「暇だったから来てみたっショ。何だか楽しそうだし♪オレは退屈なんだ……」
ヴァンパイアだって昼もずっと寝てるワケじゃねーんショ。とマキシマが言った所でちょうどキーンコーンカーンコーンと始業のチャイムが鳴った。
「……ったく、勝手にしろ!あっでも他の奴の血は吸うなよ。絶対吸うなよ。絶対だぞ!」
田所がそう言い捨てて教室に向かうと、じゃァ、好きにするショ。とマキシマは田所の後をカルガモのヒナみたくトコトコ付いてきた。

「……すんません、遅刻しました」
「なんだ田所、おいマキシマもか。二人とも気をつけろよ。早く自分の席に着け」
教室の後ろのドアを申し訳なさそうに田所が開けると、銀縁メガネを掛けた中年の担任教師は顔色ひとつ変えずにふたりに声を掛けてきた。
「……???」
マキシマは田所のすぐ後ろの席に要領よくサッと座った。
「(おい、どうなってるんだよ……何かしたんだろ、お前)」
知らない間にマキシマがクラスメイトになっている。ワケの分からないことは大体コイツ絡みだ、田所はそう思ってヒソヒソ声で後ろのマキシマに尋ねた。
「(なかなか察しがいいな田所っちィ。周りの記憶と書類をちょっとばかり弄らせてもらったんショ)」
オレは由緒正しいヴァンパイアだからこんな事くらいはまァ、朝飯前っショ。顔の前で細長い指を組んだマキシマはニヤリ。とチェシャ猫のように笑った。



「学校ってのも、結構面白いナ。色々興味深いぜー。明日からもしばらく通ってみようかと思うっショ。クハハ」
帰り道、楽しそうなマキシマは田所の後を着いてきた。田所はマキシマが何かしないか、他人に手を出さないかと心配で一日中気を張って監視していたので疲れてしまい(気を使うのはオレは得意じゃねえ)、部活は欠席することにしたのだった。
「なんか腹減ったナー。……なぁ、ここの餃子って美味いの?『当店は【CHIBA-Walker】で紹介されました』って書いてあるけど」
マキシマはこの近辺で人気のある大衆向け中華料理屋の前で足を止め、田所のシャツの裾を掴んだ。
「お前、餃子食べれるのかよ!ここのは美味いけど、ニンニクが死ぬほど入ってるぜ。3日間くらいは臭うんだ」
「うーん、それはちょっと困るナ……口が臭くなるのは嫌っショ」
マキシマは顎に手を当てて迷う表情を見せる。
「ちょ、心配する部分はそこじゃねーだろ!」
確か、吸血鬼ってニンニクが苦手なんだろ……。と田所は疑問に思ってツッコミを入れたが、マキシマは
「由緒あるヴァンパイアであるオレはニンニクという弱点は既に克服済なんショ」
とキッパリ言い切った。やっぱり餃子はニンニクが決め手だと思うっショー。とケロリとした顔で断言する。そこで田所は何か思いついたのか突然自分の指をビシッと十字型にクロスさせてマキシマの方に向けてみた。
「クハ。十字架も平気だぜー。余程の信仰心がなきゃオレには効かねェ」
最近の聖職者は全然骨がないからダメっショ。それに、田所っちに信心があると思えねーしナ。クハハ。マキシマは口の前に手を当ててクスクス笑った。まったく弱点のないマキシマの様子を見て田所の肩ががっくり落ちる。
(……こ、こいつには逆らえねえ……。)
田所は動物的な勘で本能的に察した。これからは昼間もコイツと付き合わなきゃならねえのかオレは……。目の下のクマがまた増えそうだぜ。
「どうしたんだ?田所っち。餃子食べていこうぜ。今日はオレが奢るっショ」
マキシマは分厚い財布をカバンから出した。

店内に入ると、マキシマはもう我慢出来ないとばかりに特製大盛り餃子を3人前速攻で注文した。
(お金とかって、どうしてるんだろうコイツ……)と田所は疑問に思ったが、腹が空いていたので背に腹は変えられず、大人しくマキシマにおごられることにした。だいたい、毎晩オレはマキシマに血液を供給してるんだからこれくらいしてもまぁバチは当たらないだろう。
「すげー美味いっショ!コレ。ニンニク効いてて、いくらでもイケるぜ。オレが今まで食べた餃子の中でナンバー1だナ。さァ、田所っちももっと食べるっショ」
中華料理店のオバちゃんはマキシマの大袈裟な言葉を聞いて喜んだのか、食べ盛りの高校生に半人前分の餃子をオマケしてくれた。2人で有り難くムシャムシャ頂く。そういえば、コイツとメシ喰うのって初めてだな。と田所は気づいた。
「そういえばお前って、血以外にも色々食べたりするのか?」
「『血』と『食い物』はそれぞれ別なんショ」
マキシマは他に頼んだ五目チャーハンを食べながら、講義するように田所に向けて語った。

「フツーの人間でも『ご飯とお菓子は別腹なのー』って言うだろ?まァアレと大体おんなじショ。でも人間はご飯だけでも生きていけるけど、由緒正しいヴァンパイアのオレ達は『血』と『食い物』の両方を取らないと干からびちまうんだナ。」
本当は『血』というより『その個体が持つ生体エネルギー』を摂取してるという方が正しいんだけど……って、ここで田所っちに難しい話をしても仕方ねえケド。
「田所っちは自分が美味しい血の持ち主だってこと、もっと誇ってイイと思うっショ」
「……そんなこと言われてもぜんっぜん嬉しくねーよ……」
田所の肩と、持っている箸がわなわなと震える。
「グルメなオレが選んだのに?ミシュランに載せたいくらいだぜ。『今までオレが吸った血の中でナンバー2の味を持つ田所くんです。星3つ☆』って」
マキシマは顔の前で指を3本立てた。
「そんなミシュラン要らねえよ!」
田所は油ぎった机にドーンと拳を立ててマキシマにツッコんだ。



「あの時は『嬉しくねえ』って言ったけど……」
自宅での遅い夕飯後(夕飯は餃子とは別腹だ)、自分の部屋で面倒な宿題を片付けながら田所はなんとなく考えた。シャープペンを止めて、指を組んで伸ばすと背もたれに軽く体重をかける。窓の外をふと見ると、三日月がいちだんと綺麗な夜だった。今夜は黒いマントは飛んできていない。
「オレの血が美味しい」などと言われても田所は別に嬉しくはない。そんな所に価値があるとは思えないのが理由だ。でも、アイツ……マキシマに褒められること自体は満更でもないように思う。あの男の言う事が本当なら、2000年生きている由緒正しいヴァンパイア、外見や性格も変わり者だが、一緒に過ごしてみると案外素直で可愛いところもある。
いやいや!騙されてるぞオレ!大体……オレはアイツにとって「ただの食料」なんだ。
「コンバンワっショ」
最近は部屋に入って来る時にはちゃんと挨拶するようになったし……ってそこじゃねえ!
「今夜もヨロシクー、田所っち」
重力を無視したマントをヒラリとさせてマキシマはゆっくりと田所に近づく。最近ではいちいち抵抗するのが面倒くさくなり任せているのが現状だ。……悔しいが。
「ちょっと待て、マキシマ!」
「何ショ」
「まだ宿題片付いてねえんだ。終わってからにしてくれ。出席番号絡みで明日多分当てられるんだ」
面倒くせーナァ。じゃオレが代わりに解いてやるっショ。マキシマはそう言うと田所の横でペンを掴んでサラサラと淀みなくノートに答えを記入していった。長い髪の毛が邪魔に感じるのか、時折マキシマは無意識に自分の髪を払う。その度にアダルトな印象のオーデコロンぽい香りがして、思わず田所は空気を胸に大きく吸い込んだ。チラリとマキシマの横顔を伺うと、彫りの深めな切れ長の目と、アンニュイな印象を与える垂れめの眉と長いまつげがどこか魅力的だ。暫くぼーっとした後で、ダメだ、こいつに騙されちゃダメだぞ、オレ……。オレはただの食料なんだから。田所は憂いを払うようにかぶりを振った。


【前編 おわり】
2012/05/19


【後 編 予 告】

インターハイ前・県予選の日付がついに迫る!

田所のお願いを聞いたマキシマに、生命の危機が訪れ……!?

そして明かされる、マキシマの秘密。

……さァどうする田所っち、彼の選択は?

2人の明日はどっちだ!!!!!


後編に続くっショ! → 「Vampire【後編】」

(注※この予告は東スポ並の煽りですw)