タイニー モンスター

後輩の発したその言葉が空気を横切って振動した瞬間、先輩であるオレの顔はきっと美術室に置いてあるローマ人の石膏像みたいに固まっていたに違いない。

……えーと、何してたんだっけか。

そうそう、ここは自転車競技部の部室で、10分前に。
「最近、自分の事がよく判らないんです。巻島さん、聞いてくれますか?」
とオレに相談してきた坂道の悩みを聞いていたのだった。ここは先輩として相談に乗り、正しいことを言って導いてやるのが筋だろうなァ。とごく普通に思ったのだ。……その時までは。

「さっ最近……ですね」
坂道は自分のジャージの裾を指で触りながらもじもじしている。

……うん。最近ねェ。16歳かァ、悩みが多いお年頃だよな。何ショ?

坂道は意を決したように、オレの顔を見た。
「巻島さんを見てると、心がきゅーっとなって苦しくって、」

……苦しい?オレはお前に何か悪いことしたかナ……。ここ数日間の記憶を浚うが、該当するメモリーは特になし。だ。でもこういうのは無意識に傷つけてたりするから、そこは気を付けないといけないショ。

「でも苦しいのと一緒に、温かいオレンジ色な感じもあって。どこか懐かしい気持ちというか、あの、その、ずっと一緒に側にいたいというか……」

えっ?
意外な続きに、オレの目は仁王のように見開かれ、瞳孔までもがキュッと開いた。開いているのに、逆にひどく締め付けられているような感じ。

「……ええと。こんな感じで、なんだかすっごく変な気分になるんですけど、これって一体何だと思います?」

160cm無いちびっこの癖に坂道は、180cmあるオレの襟元をぎゅっと力強く掴んできて、訳が判らないけどとにかくこの原因を知りたいんです!という純粋なまなざしを向けてきた。
――あの、逆らえない、まなざし。

空間が凝縮されたように時間が止まる。
昔読んだ何かの漫画(タイトルは思い出せない)で、主人公の仲間が敵に怪しげな術をかけられて「登っていたはずの階段を気が付いたら降りていたんだ!」と絶叫する奇妙なシーンがあったが、今のオレはあれと同じ心地だ。

ヘビに睨まれたカエルの立場にオレは耐えられなかった。ガマガエルみたくダラダラと汗が吹き出す。

「そんな、こと、オレに聞くなっショ……」
オレはよろけた弾みで部室のコンクリートの壁にガツンと頭をぶつけた。目の前で激しく火花が散る。
「あっ、あの、大丈夫ですか?今すごい音がしましたけど」

もののはずみで坂道に右手を取られた。大丈夫、全然大丈夫っショ、と言葉では返すが、そんなの、全然大丈夫なワケが無い。

……まったく、お前じゃなくてこっちのほうが何が何だか判らねーっショ。オレは残った左手で頭を抱えて目を瞑った。

【END】
















【あとがき】
twitter上でやりとりしていた時に思いついた小ネタ話です。
お題は「自分の恋心が何だかわからず、巻島本人に聞いてしまう坂道」でした。
天然すぎる坂道くん怖い。怖い。(笑)

Special thanks / 猫八太郎さま