XX専用

「おっ、巻ちゃん。新しいジャージか…… ヒィッ!」

ヒルクライムレース開始前、いつものように巻島に声を掛けようとした東堂はライバルの姿を見て短い悲鳴を上げた。
「お前、出だしからいきなり何ショォ?」
「だってだって巻ちゃん!そのジャージ……ジャージ……」
なぜだか東堂は急に挙動不審になった。常に振る舞いや言動がオーバーな奴ではあるが、いつにも増してオーバーに凍りついた顔でガクガク震えている。

最近は専用ショップにオーダーしてオリジナルジャージを作るのがアマチュアロードレース界隈でのちょっとしたブームだ。安価ではないが庶民でも手を出せる値段なので、それぞれの好きな色やデザインを指定して自己主張している者が多い。

「このジャージがどうかしたっショ?」
巻島は濃い赤色基調で、胸の部分に白で大きいラインが入った真新しいジャージに身を包んでいた。
「その胸のロゴは、ど、どういう意味なのだ巻ちゃん……!」
東堂はムンクの『叫び』のような顔をして固まっている。カチューシャからはみ出る触覚のようなアホ毛だけが動揺を表すようにぐわんぐわん揺れていた。
「どういう意味って、なァ。見ての通り、ヒルクライムレース用のジャージとしてオーダーして作ったんショ」
デザインしたのはオレじゃなくて実は坂道なんだけどナ。オレたち二人のチームという感じっショ。【痛ジャージ】ってヤツも結構面白いだろ?
巻島はジャージのロゴ部分の端をつまんで見せびらかすようにした。
「ヒルクライム用……。それで【坂道専用】か。なるほど」
東堂の指摘する通り、巻島のジャージの胸部分には太めに潰した明朝体の黒いフォントで【坂道専用】と書いてある。
「レースで皆にノロケをお披露目というわけか。自らそうだと名乗るとは、素人だとは思えん高度なテクニックだ巻ちゃん……。さすがオレの認めたライバルだけあって普通の人間とはレベルが違うな」
東堂は人差し指をビシィ!と巻島に向けた。(新開の「バキューン」と似ているとツッコんではいけない)

「……はァ?」
お前は一体何が言いたいんだかぜんぜん判んねーショ。と言いたげに怪しい顔を巻島は浮かべ、両手を肩まで上げ「やれやれ」なポーズを取った。
「確かに巻ちゃんは既にメガネくん……坂道くんの物かもしれないが、それを衆目の前でこのような形で晒すとはレベルが高すぎるぞ!巻ちゃん」
「な、いきなりナニ言ってるショ。さ、晒すって……?」

「【坂道専用】イコール【巻ちゃんはメガネくん専用の恋の奴隷】だという事をジャージを通して主張したいのだろう?」



「あっ巻島さん、いたいた」
見つからないから探したんですよー。もうレース始まっちゃうから準備しないと。
坂道はレース会場の隅でしゃがんでうつむき座り込んでいる巻島に声を掛けた。
「しばらく、そっとしておいて欲しいっショ……」
坂道にはよく分からないがどうやら巻島は激しく落ち込んでいるようだ。彼の周りの空気が暗くどよーんと淀んでいる。レース前だというのにもう燃え尽きているようだ。
「あれっ、あのジャージ着ないんですか?」
巻島は予備で持ってきた黒い練習用ジャージを着ていた。
「新しいのはちょっとサイズが合わないみたいっショ……」
(でもさっき着てましたよね?)坂道は疑問に思ったが、とりあえず巻島をそっと放置することを選んだので何も言わなかった。
「ボクの方のサイズはピッタリでしたよ。でもちょっと恥ずかしいかなぁ、hill=坂道 とはいえ自分の名前入りのジャージだなんて☆ 赤色って派手かな?って思ったんですがきっと3倍早く走れるような気がして選びました。赤くて3倍!」



新しいジャージの効果か、坂道は学生の部で見事優勝した。初優勝に表彰台の上ではしゃぐ坂道の姿は大変可愛いらしかったが、その一方、本日の巻島の成績が散々だったのは言うまでもない。

【おわる】





<あとがき>
アホすぎるネタなので四方八方に土下座したい気分です……w 本当は漫画で描きたかったな。ほんと、ゴメン。w

2012/05/08 七篠