「サンタさんはいるんですよ?」- 妄想会議

サンタさんはいるんですよ?

【1】今更ですがクリスマスネタです。
【2】「巻島さんが冬も千葉にいるという設定」でお願いします……。



その年のクリスマスイブの前日には珍しく、気候温暖な千葉の大地にも薄化粧のようにうっすらと雪が積もった。

「ボクは高校生だから、うちにはサンタさんはもう来ないんですよねー」
自転車部の暇な面々で休日に集まった高校生らしく地味なクリスマスホームパーティーの途中。今泉の広い家でノンアルコールのシャンパンを開け、赤いリボンと銀紙の付いたチキンやブッシュドノエルを切り分けたりしてだらだらと楽しんでいた最中、坂道がなんとなく放った言葉を耳にした一同が沈黙した。

「は?サンタなんてそもそも……」
(おい、何かおかしいぞ巻島)
疑問を口に出しながら身を乗り出しかけた巻島を金城がすんでのことで止めた。
「ボクは毎年、欲しい物を手紙に書いて母さんに届けてもらってたのですが、中学生になった時『今年は何をお願いしようかな?』って母さんに言ったら『あら坂道、13歳になったらもうサンタさんはおしまいよ』って言われて、すごくショックでした。ボクその時は『ラブ★ヒメ』の劇場版DVDが欲しかったんです。でも、昔だったらもう元服している歳だし仕方ないなーって納得して……」

なんかジュース飲み過ぎちゃったみたいです。ちょっとお手洗いお借りしますね……。と席を外した坂道を見送った後、一同素早く円陣を組み緊急会議が開かれた。
「わ、ワイ、お、小野田くんがあそこまで天然ちゃんだとは思わんかったワ……。」
「信じられねェ。オオサンショウウオなみのレア人間っショ」
「小野田、スゲエなぁ!見直したぜ。ある意味」
「しかしよく考えてみたら、『あの母親』の息子だぞ、小野田は」
あー……。その場の一同が金城の言葉で深く深く納得した。

そこでトイレから坂道が戻ってきたので、臨時会議は蜘蛛の子を散らすように解散した。が、どうしても気になった点を巻島は坂道にひとつだけ質問した。
「あのさァ。この時期、街にサンタっていっぱいいるっショ。アイツらはどうなの?」
「あれは、みんなコスプレです」
坂道はキリッとした顔で答えた。本物のサンタさんは一人しかいないんです。それで、魔法とか?分身とか?して世界中の子どもにプレゼントを配るんです。世界も広いですから、もしかして各国担当が違うかもしれませんが。あっこれはボクの想像なので、実際は違うかもしれませんけどね!
と、ハキハキと答える坂道の大きな瞳は幼い子どものように清らかに澄み切っている。
(こいつ、本気だ……!)
全員が深く納得した。

この高度に情報化された現代社会の中、「サンタを信じる高校生」なんて天然記念物並の存在を絶滅させるわけにはいかない……!と、(坂道を除いた)全員の心がひとつになった。ので、誰も真実を小野田に告げるような残酷なことはしなかった。みんな、優しいね。

「でも。皆さんとこうやって楽しいクリスマスを過ごせたから、いまはもうサンタさんが来なくてもいいかな。って思います。だってボク、去年まではずっと独りぼっちだったから……。」
坂道はエヘッ、と嬉しそうな笑顔を皆に見せた。
(え、エエ子やなあぁ、小野田くん……グスッ)
「どうかした?鳴子くん」
坂道は鳴子の顔を心配そうに覗き込む。
「いや、ちょっと目にゴミが入っただけなんや」
鳴子は彼の髪と同じ色になった目をゴシゴシこすった。



……日付は代わって、イブ当日の夜。
ヤモリの指先に似て、丸く膨らんだパーツの付いている超粘着手袋を木造住宅の壁にピタッ、ピタッと斜め上に交互に貼り付け、赤いサンタ服と赤い帽子を身にまとった巻島と今泉は小野田家の2階にある坂道の部屋に侵入しようとしていた。長靴のような黒いブーツにも同じようなものが付いているので壁を登るのは想像するより随分楽である。
「なんかすごい道具ですね、コレ……」
壁に登りながら今泉が感心したようにつぶやいた。
「最新鋭の小道具、っショ。イギリスの兄貴に頼んで超特急便で送ってもらったのサ」
あなたのお兄さんって一体何の職業なんですか……。泥棒、武器商人。もしくはスパイか何か?と今泉は聞こうとしたがこんなことで万が一自分が消されてしまったら嫌すぎると思って口にチャックをした。
「あの、巻島さん」
「何?」
「もしかして、こんな真似しなくても、小野田の母さんに話を通しておけばオレたち正面から堂々と入れたんじゃないでしょうか?」
「あー……ソイツは気が付かなかったっショ」
巻島は超粘着手袋が頭に触れないよう器用にボリボリ長い髪を掻いた。
「あと、夜侵入するなら黒い全身タイツとかのほうが目立たなくていいかと」
「こ、こいつは今の時期に超効果的なステルススーツなんだヨ!」
道具を揃えたのはオレなんだから、もう文句言うなッショ!巻島は冷静な今泉に逆ギレした。先輩のプライドはとっくにゼロである。
(オレったら、なんで特に仲がいいわけでもねェ今泉なんか誘っちゃったんショ。あーあ、他のヤツを選べばよかったぜ……)
他のメンツは口が軽そうだったり深夜の外出がNGだったりちょうど用事があったりして、体が空いているのがちょうど今泉だけだったのだった。

「窓です」
「は?」
言い争っているうちに坂道の部屋の窓までふたりは到着していた。
「中、確認しないと」
「あ、あぁ……」

ガラス窓に特殊カッターで静かに小さな丸い穴を開けた巻島は、鍵を外してまず暗視ライト付ファイバースコープを挿入し、部屋の中の状態を確認する。
「真っ暗で……うん、坂道は寝てるみたいだナ」
そして、巻島と今泉は坂道の部屋に静かに侵入した。

「もう食べられないよぉ……ムニャムニャ……」
「漫画みたいな寝言言ってやがるナ」
「こいつらしいですね」
ふたりは軽口をたたきながら、子どものように安らかな顔で布団にくるまりスヤスヤ眠る坂道を優しく眺めた。その時部屋の隅からガッ ガガッと微かな物音がして巻島は一瞬ギョッとする。テレビの下にある型の古いHDDレコーダーが動き出していた。赤いランプが点灯し、スタンバイを始めたようだ。
「なんだ、録画かヨ。脅かしやがって」
「巻島さん、もしかして坂道が起きてくるかもしれません」
今泉が小声で告げる。
「『深夜アニメは基本録画して後で見るけど、気に入ってるアニメだけはリアルタイムで見るんだよー。それがオタクのジャスティス!』とかこの前言ってたので」
「あー、ソレはヤバいな。ま、任務は終えたし、オレたちもさっさと帰るっショ」
良いクリスマスを、坂道。
ビシッと肘を曲げた礼と共に気障な言葉を吐いて、巻島と今泉は来た時の映像を逆回しするように静かに窓から立ち去った。



「……やっぱり、サンタさんはいたんですよ!」
翌日、部室で坂道は破顔していた。通常の3倍くらいニコニコしている。ニコニコニコニコニコニコ。
「朝起きたら、部屋に袋があってですね。その中に……」
袋の中にはサイクルジャージとビブショーツのセットが2着、靴下と手袋が2セット入っていたという。
親の所得が世間の平均よりも高めな他の部員たちと違い、ごくごく平凡な庶民の息子である坂道はサイクルジャージを2着しか持っていなかった。その2着をまめに洗濯してボロが目立つまで着回していた坂道を不憫に思った巻島が、自分の小遣いで選んだものだ。
「実はボク、『サンタさんなんていないんだ。』って疑ってたこともあるんですが、やっぱり実在してたんですねっ。嬉しいな〜」
子どものように無邪気にニコニコ喜ぶ坂道の顔を見ていたら、巻島と今泉の昨夜の苦労も吹っ飛んだ。
(あんなに喜んでる。上手く行って良かったナ)
(オレたち苦労した甲斐がありましたね)
サンタもどきの二人は目配せして作戦の成功を密かに喜びあった。
「でもこのサンタさん、なんか巻島さんみたい」
ブハッ。巻島は飲みかけのスポーツドリンクを噴き出した。……う、上手く行ってネェ!!
「黄色にシマシマの黒とか、白とシマシマの緑色とか。サンタさんと巻島さんは、サイクルジャージを選ぶ時の好みというかセンスが似てるというか……」
あ、巻島さんがイコールサンタさんって言ってるワケじゃないですよっ!坂道はぶんぶん手を振って巻島をフォロー(?)した。
「く、クハハ。そ、そりゃァ、オレがサンタなワケねェショ……」
「ですよね〜」
噴き出した口の周りをタオルで拭いながらポーカーフェイスを見せている巻島だが、坂道に全てを見ぬかれたような気がして内心鼓動がバクバクしていた。冷や汗をかく巻島の顔を、事情を知っている今泉がクライマーたちのすぐ横で口角をニヤリと吊り上げて見つめた。
「サンタがいてよかったな、坂道」
今泉が坂道の肩に手を置いて声をかけると
「うん、今泉くん。本当にありがと」
坂道はこう返した。
「えっ」
(昨日の仕事がバレてしまったのか……)
ギョッとした今泉は目をむいた。
「今泉くんもサンタさんの存在、信じてくれるんだよね?ねっ」
こんな素敵なプレゼントをボクにくれたサンタさんのこと!坂道はもらった黄色いジャージを両手でかかげてその場にいた皆に見せびらかし、踊るカラクリ人形のようにくるりと綺麗に一回転した。
「あ、ああ。まぁ、な。あぁ……」
(な、なんだ……驚かせるなよ……)
巻島と同じように冷や汗をかきながら、胸を撫で下ろした今泉は驚きのあまり適当に空返事をした。

(坂道から純粋無垢な笑顔を向けられて否定できる者が居たら、お目にかかりたいもんだ……)
昨日のサンタクロースたちは同じくそう思ったのだった。

【おしまい】

2013/02/13 七篠

(最近、巻島さんと今泉の組み合わせ(※カプではない)が気に入ってるのでした)