うつくしい対象
【「RIDE.204」のネタバレを含みます】
インターハイ3日目の、ここは富士山、あざみライン。ゴール間近の急斜面だ。
身体を張って守ったそれぞれのエースたちの背中を見送った後、しばらく一緒に走りながら色々喋っていたオレ、東堂尽八と巻ちゃんだったが、特に話すこともなくなり、そのうちふたりともしぜんと無言になった。
もう争う必要はないのだが、思い出したように時々お互い牽制し合い、止める。つば競り合いを繰り返しても同じレベルの力の持ち主同士、どちらかがより先に進むことはない。
お互いを牽制して潰し合う事で、自分のチームのエースを先に進めた。「先にエースを送り出す」というアシストの仕事が終わった以上、オレたちはここでもう体力を消耗する必要はない。
……しかし。巻ちゃんだってもっと先の『景色』を見たかっただろう。景色、というのはコースのことではなく、「レースの先頭にいる者だけが見ることのできる景色」だ。仕事を全うして力を尽くしたことには納得しているけれども(きっと巻ちゃんもそうだろう)、オレにだってあの『景色』を見たかった気持ちが、まったく無かったとは……言えない。
だから。潰し合ってしまって悪かったな、巻ちゃん。と思うんだ。
巻ちゃんはメガネくん……小野田くんのことを「器用じゃねェけど、一歩一歩 確実に登る男なんだヨ!だからオレは魂をあずけた」と評した。
――あの時の巻ちゃんは、自分よりもっと大切な、遙か彼方にあるものを愛おしく見つめる、うつくしい瞳をしていた。
……そういう瞳を持つことが出来る巻ちゃんが、オレは正直言って羨ましい。
うちの真波だって一年生にしては凄いクライマーだと思うし、認めている。だが、オレと真波の間には残念ながら、巻ちゃんがメガネくんに限りなく抱いている程の信頼関係は育っていないのだ。
あのような瞳を巻ちゃんにもたらしたメガネくんとは、いったいどんな存在なんだろう?いつか、機会があったらあのふたりから詳しく聞いてみたいものだな。
高校のインターハイは今日で終わるが、オレは大学でもロードレースを続けるつもりだ。このまま走ることを続ければ……いつかオレにも「巻ちゃんにとってのメガネくん」のような対象が出来るのだろうか?
――巻ちゃん。その時はまた一緒に競えるといいな。とオレは思っているのだぞ。
「ナニ笑ってるんだヨ、東堂?」
「なんでもないぞ、巻ちゃん。」
【おわり】
2012/06/03 七篠
今日は6/3ということでクライマー祭りに捧げます。
若干遅れてすみません;