ネコもシャクシも



【ナンジャのイベントでペダルキャラがネコミミになった理由を考えてみた!】

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巻島が学校をサボりはじめてもう5日になった。外には出たくないが家の中で特にやりたいことも考えられなくて、だらしなくソファに横たわった巻島は退屈つぶしに部屋にあるテレビのリモコンをオンにすると、ボタンを押して次々にチャンネルを変えた。
ドラマ、音楽、ニュースといろいろな番組が流れている。が、その中に共通する点が一つだけあった。それは……出演者が全て頭にネコミミをして、背後にはシッポを付けていること。ひとつだけ昔のドラマの再放送をしているチャンネルがあったが、わざわざネコミミの画像がCGで後付け加工されていた。

(こんな風に、猫の耳とシッポを付けるのが流行したのは何時頃からだったか……)
巻島は指を折って記憶をたどった。――えーと確か、最初にオレがこの、商品名「ネコミミ」を見たのはヒルクライムレースで東堂が身につけていた時だったような気がする。
「……何の真似なんショ? ソレ」
と呆れた声で訊いたら「今これがブームなんだ、巻ちゃん!」とヤツは答えた。
「ファンクラブの女子から貰ったんだが、冗談のつもりでカチューシャと一緒に付けてみたら何だか愉快な気分になってな。これは良いものだぞ。ハッハッハ」
ヘルメットを被っていても邪魔にはならないらしく、レース中にも東堂はネコミミを装着したままだった。その後で優勝台に上がった(残念ながらオレは2位に終わった。悔しい)時には耳と一緒にシッポが愉快そうに左右に揺れていたっけ。

そう、この「ネコミミ」はシッポもセットで売っていて、脳波の動きとシンクロして装着主の喜怒哀楽に反応しピクピク動くのだ。見た者を誰しも和ませるこの不思議なネコミミはその後昼間の人気バラエティ番組で取り上げられてあっという間に流行という爆弾に火が付き、気づいた頃にはどのスーパーの電化製品売り場でも高く積まれていることがごく普通になった。
最初にネコミミを見た時、巻島は「こんな子どもっぽいのは一時的な流行で終わるっショ。くだらねェ」などと思っていたが、案外ブームは続いている。続いているどころか、今ではネコミミを付けていない人間のほうがマイナーな存在になっていた。
レースでネコミミ東堂に会ったのが確か二ヶ月ほど前……あの頃にはほとんど見かけなかったのが嘘のようで、今では誰も彼もがネコミミを着けている。総北高校の生徒も皆、頭の上はネコミミだ。授業中でも怒られはしない。それは、教師もその他の職員もごく普通にネコミミを付けているからだった。

ちょうど二週間前の月曜日にあの、真面目が制服を着て歩いている性格の金城と会った時。巻島は心の底から驚いた。朝練を終えた後、部室で着替えていた時に顔を出した金城の頭に可愛らしいネコミミが付いていたからだ。
「ど、どうしたっショォ金城??? まさか、おまえまで……マジで??」
思わず巻島は責めるような大声を出してしまった。
「母親から、薦められてな」
土曜日から付け始めたんだ。最初は戸惑ったが、これを付けていると精神集中が進むような気がするぞ。勉強や、ロードに乗っている時にも効果があったんだニャ。ふざけているのか真面目になのか、金城はニャァ。と鳴いて巻島に向けニッコリ微笑んだ。

そしてその一週間後には金城だけでなく、アメリカ大統領のオオバマもネコミミを付けていた。世界の重要なナントカ会談(巻島は地名を忘れた)の映像で、どの国の首脳もネコミミになっていたのだった。

(フン。猫耳なんて、解りやす過ぎっショ。オレは付けねえからナ。ほんと、くだらねェ)
独特のセンスを持つ巻島はこの流行にどうにもこうにも乗れないまま、刻々と時間が過ぎていったのだった。

しかし、ここまでネコミミ装着者が増えて圧倒的なマイノリティになってしまうと、さすがの巻島でも素顔(素頭?)で外にでることに気が引けてきて。気に病んだ巻島はここ数日間ずっと自分の部屋に引きこもっていたのだった。彼に負けず劣らずマイペースな巻島の家族だが、それでも他の家族はもうネコミミになっていたので巻島が心から寛げる場所はもう自分の部屋だけだった。裕介が他人から何かを押し付けられることが嫌いだという事を家族はよく知っているので決して無理には勧めないのだが、そんな風に気を遣われていることも彼の心に負担をかけていた。

もういっそネコミミを付けてしまえば、表に出ても奇異の目で見られることはないだろう。しかし、彼の美的感覚では玉虫色の頭髪はアリでもあのネコミミを装着することには抵抗感があった。
「ハァ……」
巻島が深いため息をついたそんな時。ピンポォーン。と巻島の家のチャイムがのんきな音を立てた。家族が不在なので彼が仕方なくインターホンを取ると

「巻島さん。来ちゃいました」

画面を覗くと、訪ねて来たのはクライマーの後輩、小野田坂道だった。その頭には白と黒の斑の混じったネコミミがちょこん。と可愛らしく乗っていて、童顔の彼の顔には生まれた時からそのまま有ってもおかしく無いくらいに似合っていた。
「なんだ、小野田か。いま開けるっショ」
ホッとした巻島は門の解錠スイッチを押した。

「いま、コーヒーでも入れるから待ってろ」
応接間のソファに座った坂道のネコミミは何か緊張しているのか、ぴく、ぴくっ、と小刻みに動いている。
「……で、今日は何か用事か?」
坂道は鞄の横にある包みを解いてその中から大きな箱をごそごそ取り出した。
「これを……渡したくて、来たんですけど」
持参してきた黒い高級そうな箱を坂道はテーブルの上に置いてパカッと開けた。箱の中にはなんと「ネコミミ一式セット」が入っていた。そのネコミミは白に少し茶色を溶かした上品なミルク色で、耳がすこし垂れている。
「巻島さんのお家が厳しいから、ネコミミを持ってないのかな?って思いまして。ボク、これ寒咲自転車店でバイトしたお金で買ったんですけど、プレゼントです。貰ってください」
「いや、でも……こんなの、貰っちまっていいのか?」
巻島は戸惑った。ネコミミは安価なものでも、ワンセットで2万円はする。しかも、毛艶の具合からしてこのネコミミは高級品のように見えた。
「もしかして、巻島さんの好みに合わなかったでしょうか? ボク、最近のバイト代を全部これに使っちゃったのでしばらくアニメのDVDが買えないんですけど……でも要らないっていうのなら、仕方ないですね」
押し付けるのもよくないですし。坂道のネコミミがフニャフニャと悲しそうに崩れた。
(うっ……)
それを見て、巻島の胸がチクリと傷んだ。

「これ、責任取って自分で持って帰ります。売るのもナンだし、せっかくだからボクが使おうかにゃん……」
ごめんなさい。ボク失敗しちゃったみたいですね……と寂しそうに坂道は軽くうつむく。
「いや……!!コレはオレがもらう。もらうっショ!」
慌てて巻島は後輩をフォローすることになってしまったのだった。

「小野田がそんなに言うなら、まァ……仕方ないっショ」
スチャ、と巻島はネコミミを頭に装着した。その瞬間、彼の脳内にサァッと一筋の光が差した。
「うわぁ、巻島さん、やっぱりステキです!!」
似合いますよー。カワイイです!ネコミミ!!ネコミミ!! 坂道は巻島のまわりをグルグル回りながら、白黒斑のシッポを振り子のように左右にブンブン振ってミーハーな女子みたいにキャッキャッキャッと喜んだ。

……坂道のそんな姿を見ながら。初めてネコミミを着けた巻島はいままで味わったことがないレベルの幸福感に包まれていた。オレンジ色のモヤで心のなかがホワホワ温かく満たされていくようだ。
(なんだか、いまだかつてない位に幸せな気分になってきたっショ……!)
一体、いままで何を悩んでいたんだろう?オレは。巻島は、下手なこだわりを持っていた自分をひどく後悔した。
(ヘンにこだわったりしないで、コレ、もっと早く付ければよかった……!!)

「閉じこもってても仕方ねェな。そうだナ……いまから、峰ケ山でも行くっショ?」
ネコミミのおかげで明るい気分をようやく取り戻した巻島は、可愛い後輩を練習に誘う。
「はいっ、巻島さん!」
頭のネコミミをピョコピョコ動かして坂道は元気に返事した。



その頃、地球の上空に。丸い輪っか状のUFOが浮かんでいた。茶色いその形は猫の首輪によく似ていた。UFOは、静かに地球を見下ろしている。
「攻撃的で血気逸る地球人の危険性にこの『ネコミミ型温和化装置』を与えることで、穏やかにする作戦は上手く行ったようだな」
二本足で立つ猫型宇宙人たちは統一国家から派遣された自分たちのプロジェクトが順調に終わりそうな事を喜び快哉を叫んだ。

「どうやら、残っていた最後の一人もネコミミ化に成功したらしいといま、連絡が入りました」
猫型宇宙人の部下らしき宇宙人が、ふさふさのシッポを振りながら手元のレポートを読み上げる。

「任務終了だな。それでは我々の星に帰ろう」
恰幅の良い猫型宇宙人のキャプテンはくるりと振り返りながら
「ワープ中は暇だから、皆、今のうちにマタタビ酒で乾杯しようニャ」
手近のキャビネットから瓶とグラスを嬉しそうに取り出した。

【おわり】


2014/03/14 七篠





<あとがき>
星新一みたいな感じにしたかったんですけど、こんな話でスミマセン。w