スレンダーな彼女
【注意】
※巻島さんが女の子です(にょたい化)
※舞台『弱虫ペダル』に出てきた「今泉親衛隊」の巻ちゃん女装姿wがモデルです。
*
「小野田くんってあのデーハーな先輩と付き合うとるん?」
授業のあいだの昼間の長い休憩時間。突然鳴子からそんなことを訊かれて、坂道はビックリして、
「まっ、まさか。付き合ってなんか無いよー!」と手を左右に振って鳴子の疑惑を即座に否定した。
「じゃ、そのお弁当は何やねん……」
「これはさっき『作ってきたから、食べてホシイっショ』ってもらっただけだよ」
緑ベースの白い水玉模様の布に包まれていた、手作りとおぼしきその弁当は見た目も華やかでかつ男子高校生のお腹を満たすのにちょうどいい量だった。
裏門坂の長い斜道を坂道がママチャリで今泉と勝負した直後から、なぜか坂道は校内の有名人、玉虫色の髪の毛を持つ派手な外見をした3年生の先輩、巻島裕子に気に入られて付きまとわられるようになった。彼女はヨーロッパのどこかの国とのハーフで、派手な髪の毛は明るい茶髪を緑色に染めたのだという。時々カタコト喋りになるのも海外生活の影響らしい。巻島はあの時「今泉親衛隊」のメンバーにいて坂道と今泉のレースを見ていたのだが、今泉のことを気に入っていたわけではなく「あれはトモダチの真美から一緒に来てって誘われただけだし」というだけの軽い付き合いだったらしい。
今日のようなお弁当の他にも「坂道はモット背を伸ばすっショ」と言われて毎日牛乳を飲まされたり、「プロテインってのが効果アルらしいっショ」とスポーツ用の栄養補給食を差し入れられたりしている。どうもボクは巻島さんから気に入られているみたい。と普段は他人の感情に疎い坂道ですらさすがにそのことは把握していた。いったい自分の中の何が巻島の心を動かしたのかは判らないけど、人から好かれるのは嬉しいなぁ。と単純に思う。
そんな感じで坂道のクラスによく顔を出す巻島だが、170cm超のスレンダーな長身と玉虫色のロングヘアが彼女の存在を教室に来る度ひときわ際立たせていた。他のクラスメイトからも坂道は「あの先輩と付き合ってるの?」と聞かれたことがある。否定したら「だよねー……」と返されたことが否定した坂道自身の気持ちをなぜか沈ませた。
――正直いうと「もしかして、巻島さんはボクのこと好きなのかも」と坂道はちょっと考えてみたこともある。でも、自分は女の巻島さんより年下で背も低いし、腕力もないし頭も良くない。メガネだし、顔はもっての外だ。しかもアニオタ。背が高くてスタイルが良く、時々モデルの仕事もしているらしい、ハーフでお金持ちのお嬢様(と、坂道は聞いた)がマイナス要素の多いボクをわざわざ選ぶことはまず……ないだろう。彼女に気に入られるだけでもありがたい事なのに、まさか惚れられるなんてこと無いよね。単なるお気に入りなんだよ。友達でいるというだけでも有難い話なんだ……。などとぼーっと考えながら部活に向かうために一階の廊下を歩いていたら偶然、当の本人に捕まった。
「あっ、巻島さん。お弁当美味しかったです。ありがとうございました」
「アリガト。坂道、あのね、今度のドヨウビの午後って空いてるっショ?」
ちょっと街まで買い物に付き合って欲しいんだケド……いいかナ?と聞かれ、坂道は考える間もなく即答した。
「良かった。じゃ、1時に○○駅のカイサツ前で。待ってるっショ」
それだけ言うと巻島はこのアト習い事があるから。と言って颯爽と去っていった。制服の、軽快にひるがえるミニスカートがとっても可愛らしい。でも、その下に履いているのは何故か青色のジャージなんだけどね……。
(この学校の七不思議のうちのひとつは「巻島裕子のジャージズボン」だ。と坂道は自転車部の先輩から教わった)
土曜日はアキバまで自転車で行くつもりだったけど、それは次の日に振り替えてもいいし。三次元の女性にデートに誘われるなんてボクの人生初☆の出来事だよー!坂道の気持ちは空に放たれた風船のように大きく舞い上がった。って、別に付き合ってないから本当はデートじゃないんだけど……。でもまぁ、それはそれで。
*
土曜日は快晴で絶好のデート日和だった。いや、だからデートじゃないんだけど……。
手持ちの服で一番無難なものを着て家を出てきた坂道は愛車の銀色のママチャリを駅前の自転車置き場に止め、改札前に移動して待っていたが、約束の時間より15分遅れて巻島はようやく待ち合わせ場所に顔を見せた。
「ゴメン、遅れちゃって。電車の事故でダイヤが乱れてて……。坂道は大丈夫だったっショ?」
「ボク、ここまで自転車で来たので。大丈夫でした」
「えっここまでシクロ……じゃなくて、ジテンシャで来たの?すごいっショ。さすが坂道」
じゃ、行こっか。こっちの方に見たいお店があるっショ。巻島は坂道の手をとってスタスタと歩き出し、横断歩道を渡った。
「(てっ、手……!)」
ほんとうにデートみたいだ……これって、もしかして夢???いきなり手を繋がれて赤面した坂道は思わず反対側の手で自分の頬をムニュッとつねってみた。勢いが余って結構痛かった。
「あいたたっ」
「何してるっショ?」
「い、いえ、なんだか、夢の中にいるみたいだなーと思いまして。」
「? ユメじゃないヨ?坂道、おもしろーい子っショ」
今日の巻島は大きなフリルの付いた短めの上着にショートパンツをあわせ、柄の入ったタイツに長いブーツを履いている。心なしか、服の裾から可愛いおへそがチラチラ見えるような……。服のことはボクはよくわからないけど、制服じゃない巻島さんの姿も新鮮で……素敵だなーと坂道はニコニコしながら彼女のほうを見た。
何軒かのお洒落な店(坂道は一人では絶対入れないような雰囲気の店だった)で買い物を済ませた後、二人は近くにある公園の、大きな噴水の周りにあるベンチに座った。休日の平和な公園は、近所の親子連れやカップルで賑わっている。噴水の周りは水しぶきが反射して宝石のようにきらきら輝いていた。
「ここはハトとか鳥がいっぱいいて、カワイイっショ」
「歩き方とか、かわいいですよね。チョコチョコしてて」
「ワタシ、前にロシアに行ったことあるけど、ロシアの公園にはスズメしかいなかったっショ」
「へー、そうなんですか?」
などと、たわいない話をした。坂道はさりげなく隣の巻島の方をのぞき見る。陽に透けた玉虫色の髪の毛がキラキラしてキレイだけど、時々伏し目がちになる時のとても長いまつげも好きだなと思う。
「坂道……」
美しい横顔を見ながらぼーっとしているところに巻島がいきなり横を向いて視線が合ったので、坂道はぎょっとした。
「!」
「歩きまわったから、喉渇いたっショ。この辺って自販機とかあるかナ」
「ぼっボク、なんか買ってきます!ここで待ってて下さい」
ドキドキしているのを悟られないよう坂道は急いでベンチを立った。
*
「(飲み物探すの案外時間かかっちゃった……)」
公園の中には自販機が無く、坂道は近くのコンビニまで出てジュースとお茶を1本ずつ買った。最初は2本ともジュースにしようとしたのだがよく考えたら巻島の好みを知らないし、彼女はモデルをしている位だから健康に良い物を選んだほうがいいと思ったのだ。好きな方を取ってもらえばいいよね……。飲み物を抱え元いた場所に戻ろうと駆け出した坂道はベンチの直前の曲がり角で突然その足が止まった。
見知らぬ男がベンチで巻島の隣に座っていて、巻島は一方的に粘着的に話しかけられていた。普段から下がり気味の眉毛が更に困り顔になっている。
「君、どこの学校?カワイイね。モデルとかやってるの?ハーフ?」
「あの……」
「モテるでしょー。カワイイもんなぁ。オレとこれからどこかでお茶しない?」
「……。」
黒地に白い英字がプリントされたシャツと破けたジーンズをだらしなく着た軟派な感じの茶髪男は、迷惑そうな巻島の顔に気づかずしつこく食い下がっている。
「(なんだよあの人。さっさとどこか行ってくれないかなぁ……こういうの苦手だよー)」
坂道はしばらく植木の間からベンチの様子を伺っていたが、男は全然離れる気配を見せない上に、
「派手な髪の毛だね。でもすごく似合ってるよ」
と言いながら巻島の細い肩に手をかけようとした。
「な、何してるんですか!ま、巻島さん、が、いっ、嫌がってるじゃないですか」
気がついたら坂道は巻島と男の前に飛び出していた。緊張のあまり顔が酷くひきつっているのが自分でも分かる。
「……何だよ、てめー。急に……」
男は不服そうな顔をした。
「こっ、この人はぁ、ぼ、ボクの彼女なので。かっ、勝手に話しかけないで、もっ、もらえますかぁ!」
坂道は男と巻島の間に必死の覚悟で割って入ると、ハリネズミのような気合でもって立ちはだかった。
「んだよ。ったく……」
男は引き続き不服そうな顔をしていたが、争うのは面倒なのだろう、「チッ」とツバを吐くとその場をあっさりと去っていった。
「(はぁ、はぁ……ああぁー)」
男を追い出し再び空いたベンチに座ったとたん、坂道は自分のしでかしたことに色々気づいて一気に血の気が引いた。全身から力が抜けて腰がへなへなとなる。ベンチがなかったら崩れ落ちてそのまま気絶してたかも……。
「アリガト、坂道」
おかげで助かったっショ。巻島はくたびれて脱力した坂道の手を取り、大事なものを扱うようにそっと触れた。しかし坂道はそれに気づかないのか、
「もう全然ダメです。勝手に『彼女です』なんてウソついちゃったし……もう全然ダメです。うう、ごめんなさい、巻島さん」
最低です。ごめんなさい……。頭を下げてひたすら謝りつづけた。
「ボクはすごく素敵なあなたの、彼氏です。だなんてウソを……。ウソ付きはダメです。ダメ」
「……サカミチ。」
力を込めて、大きな声で巻島は彼女を助けた騎士の名を呼んだ。思わず坂道の頭が上がる。
「は、はいっ」
「アナタさっき震えてたよネ。怖かったでショ?」
「……。はい……ううっ、怖かったです」
「でも勇気を出して、ガンバってワタシのコト助けてくれた。肝心な時に勇気を出せるヒトはそんなにイナイよ? 」
ワタシ、思うんだケド……。巻島は続けた。
「いつも坂道は必要以上に自分のこと卑下してるっショ。それはダメ。坂道は、あの時……裏門坂のレースの時、とっても一所懸命に走ってたっショ。ママチャリと競技用のジテンシャってホントウは全然違うものなんでショ?それなのにあの時、すごーくガンバッてる姿が素敵だなぁって思ったの。それからアナタのことがすごく気になって……」
気づいてないと思うケド、その後の一年生レースもこっそり見に行ってたっショ。と巻島は言った。なんか気恥ずかしかったから、影から見てたっショ。
「完走できなくて残念だったけど、山でトップ取ったでショ。あの時もすごくガンバッテたよ?」
「リタイアした姿を見られていたんですね。恥ずかしいです」
坂道は赤面した。あの時、全力を出し切ったことで充実はしていたけど、外からヘロヘロな様子を見られていたのは恥ずかしい。
「恥ずかしくないヨ?頑張ってた姿だもの、ぜんぜん恥ずかしくないショ」
なんだろう……誰かからこんなに全身全霊で褒められるのは生まれて初めてだ……と坂道は感じる。目の前の美女が自分を必死で肯定してくれる事はレースとはまた違った充実感があった。
「それに、さっき『彼女です』って言われたの……ちょっと嬉しかったっショ」
「えっ……」
「『お前は背が高すぎて嫌だ。』って断られたこともあって、外見はこんな風だけどぜーんぜんモテないっショ。ワタシ。男子とイッショに並ぶの避けられることもよくあるんショ。――でも坂道はワタシと居ても嫌がらないよね?」
「ボクはもともと背が低いから比べられて当たり前なので、特に気にしてないだけです」
「……坂道は素直だネ。そこが素敵」
急に坂道の視界が暗くなった。気づいたら、巻島から軽くハグされていた。ふっくらした胸の膨らみが暖かくて気持ちいい。それに、女の子特有のいい匂いがする……。
「わっ わっ」
「……あっ、ゴメンナサイ。海外にいた時の癖でつい……」
巻島は急いで手を離した。
でネ……。提案があるっショ。巻島はもじもじと照れながら告げた。
「もし良かったら、ホントウに彼女にしてくれたらうれしい、っショ……。坂道はワタシのこと、どう思ってる?こんなワタシだケド」
「すごく素敵な人だと……思ってます。……ボクも、好き。」
さっきからの出来事に全然実感がわかない。今度こそ本当に夢のなかにいるようだ……。地面に足がつかなくて、フワフワ浮いてるみたい。坂道は嬉しすぎて嬉しすぎて逆に戸惑った。
「でも、あの、本当にボクの彼女になってくれるんでしょうか。ボクは年下で、腕力もないし頭も良くない。メガネだし、顔はもっての外で、しかもアニオタですよ。それなのに、いいんですか?」
「そんなのゼンゼン関係ないっショ。坂道は……素敵っショ」
巻島は坂道の両手を優しく握った。
*
「ここまでママチャリで来たんでショ?帰り、乗せてほしいっショ」
いま二人乗りってほんとうはあまり良くないので、ここの隣駅までだったら……こっそり。坂道は自転車置き場から自分の愛車を引っ張りだして巻島に後ろの荷物台に座るよう促した。
二人の乗った自転車は大きな川の堤防沿いの専用道路を駆け抜けていく。日暮れの中で金色に輝く街と川辺の土手に生えた草むらがきらきらしている。
「わー、風が気持ちいいっショー!」
ジテンシャってあまり乗ったこと無かったケド、景色がどんどん変わっていく感じが凄くイイっショ。と巻島は言った。彼女はボクの背中にくっついているから、前を見てひたすら自転車を漕ぐ坂道からはその様子は見えないけど、きっとニコニコ微笑んでいるだろう。
――いま、この世界の全部がボクのペダルを回す力になってる!有頂天になった坂道はあふれるほどの幸福を全身に感じていた。二人の乗った自転車もきらきらしていた。
*
「あれ、巻島さん。何か用事ですか」
数日後、坂道が部室に行くとそこに巻島が来ていた。何か部長と話し込んでいる。話し終わって、坂道の方をくるっと向いた。
「ええっ、いまから自転車部に入るんですか!?」
「習い事一つ止めたっショ。ベンキョーの気分転換にもなるし、女子だからマネージャ兼ということでジテンシャについて色々教えてもらおうと思って」
気の早い彼女は既にサイクリング専用ウェアで身を包んでいた。体の線をぴったり見せる派手なジャージと、初めて見せた長い素脚がものすごく眩しい。
「ワタシは3年生だから夏休みの終わりまでだけど、同じチームメイトだよ、ヨロシクネ?坂道。」
と言って巻島はその頬にキスした。部室にいた全員が息を止めて坂道たちの方を凝視する。
「こうすれば悪いムシがつかないと思って……。坂道って、すごくモテモテなんでショ?」
張り詰めていた空気が一斉にはじけて皆、笑った。
【おしまい】
2012/04/21 七篠