カミナリといたずら

【注意】
巻島家のメイドになった、女体化坂道ちゃん(ボクっ娘)のはじめての夜。「アマイセイカツ」より少し前の話。R-18
七篠&香葉しい



「ええと。なんでこんな事になったんだったか……」
巻島は自室のベッドの縁に腰掛けて坂道が来るのを待っていた。嬉しくて浮き足立つ気分はあるけれど、同時に、彼女が放ったとんでもない言葉を思い出してモヤモヤする。机の上にあったアーレンキーを手にした巻島は、それを手持ち無沙汰にカチャカチャと弄りまわした。



「あーあ、明後日の模試さえなきゃ、オレも行ったのになァ」
宿題と予習を終え、復習をするのもすっかり飽きてしまったぽっかりした時間。手慰めにシャープペンシルを器用に指でくるくる回しながら誰にでもなく巻島はつぶやく。他の家族は本日から土日祝の3連休を使い、旅行に出かけている。巻島は受験生として外せない全国統一模試のため、家族の中で独りだけ広い家に残っていたのだった。
とはいえ、高校3年生という年齢では家族と旅行に出るよりも家で好きなことをしているほうが良い、とも正直思う。家族旅行ならいままで数え切れないくらいしているし。家族不在のため、出勤している使用人がひとりだけで気を遣わなくてもいい。という事も彼をのびのびとさせていた。雇う側といっても、人を遣うのはそれなりに気を使うのだ。
ということで本日の巻島家には巻島と坂道のふたりきりだった。

<説明しよう!>
自転車競技部に所属している小野田坂道が巻島家の住み込み家政婦、今風に言えばメイドさん。として暮らして2ヶ月ほど経つ。
「坂道」という変わった名前の子が女の子だったことにも巻島は驚いたが、
(「だってお前男子の制服着てたっショ!」「寒くて冷えるからあまりスカート履かない主義なんです、ボク」「……。(マジかよ……)」)
彼女の善良な両親がその友人の代わりに背負った借金返済の為に突然失踪していまい、ひとり路頭に迷いかけた坂道が登録した家政婦紹介所の仕事先が富豪の巻島家だったという偶然が重なって坂道はいまここに居るのだった。
<説明終わり。>

勉強の途中、喉の渇きを覚えた巻島は階下のキッチンに自ら足を運んだ。自室に備え付けのインターホンで使用人の坂道に何か運ばせるということも考えたが、ちょっと身体を動かしたり、彼女をからかうことで気分転換もしたかった。晴れていればロードバイクに乗って軽く運動したいところだが、外の天気はあいにく少し前から結構なざあざあ降りで雷もゴロゴロ鳴っている。

「……アレ?」
夕食前のこの時間。キッチンに居るはずの坂道の姿が見当たらない。カット済の野菜と包丁が乗ったまな板と、湯気がもわっと張られた鍋。食事の準備をしている形跡はあるのに、この部屋には誰も居ない。
昔、マンガか何かで読んだ『乗員全員が突然消えた幽霊船 マリー・セレスト号の謎』の話が一瞬脳裏に浮かんだ巻島はギョッとしたが、まさか、それはねえっショ。無い無い。と頭の中の妄想をすぐ打ち消した。

よく見れば足元の床に白いリボンの紐が一筋落ちている。屈んでそのエプロンの紐の元をたどった所、巻島はキッチンの机の下でぶるぶる震えながら鬼ごっこのように隠れている坂道を発見した。解けかけた白いエプロンとひざ丈の黒いワンピースを身にまとったメイド姿でうずくまった彼女は、テーブルの脚にぎゅうっと抱きついている。
「坂道。お前こんな所で何してるっショ?」
「あ、裕介さま……」
その時。外で閃光がひかり、数える間もない直後に空気を破る音が響いた。家のすぐ近くに雷が落ちたようだ。送電系に支障が出たのか、室内の灯りがスッと消えた。
「キャッ」
机の下を抜け出しかけていた坂道は突然巻島の体にしがみついた。顔面が恐怖で蒼白になっている。
「……!」
膨らんだ坂道の胸を押し付けられて巻島は不埒な気分になったが、仔犬が母犬にすがるように、必死な感じで坂道はぶるぶると震えているので不埒な気分を一旦消して、宥めるようによしよし。と巻島は坂道を抱きしめてやる。
「雷、苦手?」
「怖いんです……。」
巻島の胸に抱かれて少し安心したのか、坂道は説明しはじめた。
「いい歳して雷が怖いなんて笑われちゃうと思いますけど、昔、ボクの家で飼ってたクッキー……って名前の、犬が居て。
そのクッキーが雷に打たれて死んじゃったんです。それから、どうしても怖くて……」
子どもじゃないのに情けないですよね。ごめんなさい、いきなり抱きついたりして。坂道はそういって巻島の腕からするりと逃れた。が、その直後また大きな雷鳴の音が響く。
「ギャッ」
震えながら坂道はまた巻島にしがみついてきた。よほど怖いのだろう、青ざめた顔で、瞳の焦点が合っていない。巻島は坂道を胸の中に抱き寄せながら今度は背中をよしよし。と撫でてやる。
「うう、ごめんなさい……ボク、ほんとダメな子で……」
上目遣いする大きな瞳がすっかり涙目になり、潤んでいる。巣立つ前の雛鳥のような、坂道のそんな様子があまりにいじらしくて、巻島はおもわず吸い寄せられるように顔を寄せた。
「!!」
唇を合わせて舌先で軽く撫でると坂道の口が開き、巻島の一方的な侵入を許した。雷鳴よりも衝撃的な行為に力が抜けてしまったようで、坂道はじっと成すがままにされている。柔らかい唇の甘い味を内側までたっぷり堪能した後、巻島はハッと我に返った。
(! オレは、何を……)
「……ゴメン」
坂道は真っ赤な顔で、両手で口を抑えてますます涙目になっている。
(――あー、これはビンタされても文句言えねーショ……)
巻島は身構えるように身体を固くして目を閉じた。が、特に坂道からの反撃は来なかった。しばらくしてそぉっと目を開くと、坂道が目の前で立ったままぐすぐすと静かに泣いていた。



雷はおおよそ止んだようだ。たまに光るが、音はもう聞こえてこない。電気もすぐ復旧した。
涙目のまま立っていた坂道のために、巻島は温かい紅茶を一杯淹れてやった。気付け薬としてキッチンの棚の奥に仕舞ってある製菓用の安いブランデーを数滴こっそり垂らす。温かいマグカップを手で包んで座ったまま、坂道はまだ少し泣いている。
「……ひ、ひどいです、いきなり。裕介さま」
「言い訳できねェ。オレのこと、殴るなり蹴るなりしていいショ、坂道」
巻島は頭を掻いた。
「そ、そうじゃなくて……ですね」
あの、突然だったので。ボクの心の準備ができてなくって。ビックリしてしまったんです。坂道は続けた。
「……準備?」
意味不明すぎる坂道の言葉に巻島は首を傾げる。
「だって、ボクがこの家に雇われたのって、『そういうこと』なんでしょう……。『裕介さまの処理係』的な」
可憐な道端の小花が微風で揺れるようにモジモジと恥じらい赤くなりながら、坂道はうつむいた。
「へ?処理って?」
(何を『処理』するっていうんだ。……まっ、まさかナ、ハハハ……)
悪い方向で勘のいい巻島は脳裏になんだかすごく悪い予感を漂わせながら、坂道の真意を聞いた。
「その、あのっ……セーヨク的な?処理とか……です……ゴニョゴニョ」
「お前っ、ソレ、ヘンな漫画の読みすぎっショ!!」
トンデモないことを今にも消え入りそうな声で口走る坂道を、巻島は大きな声で叱った。

「そんなワケ、あるワケねーだろ……。えーと。とにかく、巻島家の名にかけてそういう事実は無ェヨ」
予想以上に変な方向に突出したオタクっ娘、坂道の恐ろしいレベルの想像力に呆れながら、巻島は言葉を続けた。
「そうじゃなくて。えーと。さっきのお前の動作があまりに可愛いかったから、その隙に乗じてこう……。ちょっと、イタズラしたくなっちまったんだヨ。……ゴメン。」
照れた巻島は坂道のいる方から視線をそらした。
「……。イタズラだったんですか?」
「まぁ、そうなるかな……。褒められることじゃねェな。本当に悪かったっショ。ウチに居るのがもう嫌なら、親に頼んで他に住み込みでお前が働ける所紹介してやるから、」
「……イタズラでも、いいんです」
気付け薬の効果で開き直ったのか、坂道は涙で赤くなった眼差しをしっかり巻島の方に向けて、言った。
「ぼ、ボク、裕介さまのこと、好きです。信じてもらえないかもしれませんが、本当です。だから、イタズラでもいいんです。……好きにされて本当は嬉しかったんです。ビックリして泣いてしまったけど。でも使用人なので、飽きたら捨てて下さっても構わないんです。ボク。」
「……バカ言うなヨ。そんな可愛いこと言う奴、捨てられるわけねェだろ……」
ひとまわりほど小さな坂道の身体を、椅子から立ち上がった巻島はしっかりと腕の中に収めた。急に抱きしめられて坂道はまた挙動不審になる。
「あっ、あの、裕介さま……?」
「……オレさァ、坂道が最初にメイドとして家に来たって知った時、すごく驚いたケド嬉しかったんだヨ。お前のことちょっとカワイイって思ってたからさ。そんで、一緒に暮らすうちにもっと、気になってきて。ちょっとドジな所もあるけど、可愛くて性格のいい女の子がいつも一緒にいたら、自然と……そうなるだろ。まぁ、なんだ……。そういうことっ……ショ。」
頬を染めて照れながら、ゆっくりと一言一言噛み締めるように巻島は坂道に向けて自分の心情を告白し、もう一度軽く口付ける。坂道はそれを自然に受け入れた。

「だから、オレは、坂道とイイコトしたい。って思ってる……っショ」
しかし、坂道は巻島の胸を押して彼の腕から離れようとした。
「い、今はダメ!です……」
「……どうして」
「身体、汚いので……午前中お庭の草むしりしてたんで、結構汗かいてるんです」
「じゃ、シャワー浴びて身体洗ってから、オレの部屋に来いよ。待ってるショ」
余裕なことを言って巻島は自室に戻った。……とはいえ、内心は全然余裕でなく、心臓がバクバクしていたが。以前年上の女性から遊び半ばで引っ掛けられた事などあり、巻島には女性経験はあったが、それでもこんなに緊張するのは初めてだった。



「(遅ェなァ……)」
ベッドの周りの諸々を確かめたり、部屋をざっと片づけたりし終わっても、坂道がなかなか姿を現さないので巻島は焦った。手元のアーレンキーを弄るのにもすっかり飽きてしまった。
……よく考えれば、先程のやりとりはあくまでも冗談で、その場をやり過ごすための手段だったのかもしれない。愚直な彼女がそこまで頭が回るかはさておき、誰もが傷つかない方法だ。坂道はさっさと自分の部屋に戻ってしまったのかも……。それならそれでいい。あれは全て夢の中でのことだったという感じで、先ほどのやりとりを何も無かったことにしてただの「雇用主と使用人」でやり直したほうが後々上手くいくだろう。

気分を落とした巻島は腰掛けているベッドにごろん。と横たわった。そのまま、軽く背伸びをする。
「(アーア。全部が夢なら、もう、このまま本当に寝ちまうか……)」
やる気無い感じで目を閉じてうとうとしかけた所で、耳元に
「裕介さま」
呼ぶ声と同時に坂道の吐息がふわっとかかり、一瞬で巻島は目を覚ました。
「(……わっ。夢じゃ、なかったっショ!)」
「ごめんなさい、体をしっかり洗っていたら遅くなってしまって……」
坂道の清潔な身体からはさっぱりとした石鹸の香りがした。なるほど嘘ではない。
「坂道、どうやって部屋入ってきたんショ」
「ノックしても返事がなかったのですが、鍵が開いてたので入ってきちゃいました」
そういえば今日は独りだったので部屋の鍵は開け放しだった。
「それはいいけど……でも」
すぐ隣に座った坂道の方に、一息置いて巻島は続ける。
「……さっきの続き。オレは最後までシちまうつもりだけど、坂道は本当にそれでもいいっショ?」
「はいっ。……嫌じゃない、ので。ここに来ました」
「これは雇用主からの命令じゃねェ。オレの勝手な気持ちだ。だから、止めるなら今のうち……だぜ?」
「裕介さまの気持ちが変わらないうちに……好きに、して下さい。ご主人様とか使用人だとか、関係なしで……」
そういって坂道は巻島に抱きついた。抱きつくというよりむしろタックルに近い坂道の前のめりな勢いに、巻島の口から思わず ぐふっ、と声が漏れる。
「あっ、ご、ごめんなさい!」
「いや、謝ることじゃねェヨ……」
部屋の白い壁に映る、ふたりの影がそっと重なった。



「舌、噛むなヨ」
「ふぁい……」
唇を合わせて歯列を割り、お互いの口内を舌を使って深く探りあう行為を続ける。吸ったり吸われたり、坂道にとっては初めてする体験なのに、ダンスで上級者にリードされる感じで自然に体が動くことに坂道は驚いた。しかしそんな事を考える隙間の理性も、行為によって体の芯が熱せられることでいつのまにか溶けていく。
黒いワンピースの上の方から一個づつ丁寧にボタンを外され、レース付きの白い下着を付けた坂道の胸があらわになった。
(……意外と胸、あるんだナ)
着痩せするタイプなのだろうか、思っていたより大きな胸が目の前に現れて巻島の劣情が高まる。その勢いで下着だけの姿になった可愛い恋人をベッドの上に優しく押し倒した。

身体を浮かせて下着のホックを外すと、普段は人前に見せない坂道の膨らみが空気にさらされる。
「は、恥ずかしいです……」
羞恥で全身をうっすらと紅く染めた肌も魅力的で欲をそそる。大きなふたつの膨らみを両手で優しく捏ねてじっくり揉みあげた後で、その上に品よく乗った濃桃色の小さな飾りを二本の指で優しくつまみ、ちゅう、ちゅうと唇でかわるがわるついばむ。柔らかく甘い身体からは石鹸の清潔な香りがした。
「ひゃっ……ぁ、あぁ……っ」
坂道の胸の飾りが硬くなった所を巻島はかりっ、とごく軽く甘噛みする。
「だ……ダメ……はあぁ……」
電気が走るような刺激を浴びて坂道はびくびくと身体を震わせた。
「……もうボク、だめ、です……」
荒い息を吐いてほうほうの体だ。
「……ここでダメとか言ってんなヨ、坂道ィ」
坂道の胸から唇の方に顔を上げて、巻島は強く音を立てて目の前の唇をじっくり貪る。
「これからもっと大変なこと、するんだぜ……」
心の中まで響くように巻島はわざと低い声を出して坂道の耳元で囁き、細い首筋に跡を付ける勢いでいくつも接吻した。
「(もっと大変って……どうなっちゃうのかなぁ、ボク……)」
不安になる反面、与えられる快楽の波を予感して坂道の身体に別の意味で震えの波が走った。
薄い布を剥ぎ取られ、全て露わになった身体が開かれる。身体のなかの芯がひどく熱い、と坂道は感じる。自転車で走っている時に近いような、それとはまったく別のような。

巻島の指が、今まで誰にも触れさせたことのない坂道の隠れた秘密の場所を暴くために侵入してきた。
「やっ……そんな、とこぉ……あぁ、あっ……ふぁぁ」
「これから、ここ使うんショ……もうこんなになってる、」
自分ですらあまり触ることのない場所に、最初は1本、しだいに2本と挿れる指の数が徐々に増やされる。まな板の上の鯉のようにひたすら為すがままにされているボクの身体。ぴちゃ、ぴちゃという響く水音が、己の欲が艷づいていることを現しているようで破廉恥だ。下半身への慣れない刺激に、坂道は真っ赤になった顔を手で覆った。

「えーと、ちょっと待ってろショ」
「(え、何……)」
ごそごそと準備する音がする。巻島が何をしているかはこの辺りで大体予想がついたので、坂道はシーツの中に隠れてじっと待っていることにした。
自分の、秘密の場所がすっかり熱く溶けている。指を伸ばすと、複雑な襞の中のぬるりとした粘膜の濡れた感触に驚いた。
「(ひゃ……、あぁぁっ……)」
準備で充分に刺激された敏感な箇所を弄ったことでおもわず声が漏れる。今からここを使ってふたりでいやらしいことをするのだと改めて思う。初めての行為は辛いらしいと聞くが、でも痛くても辛くても、自分が求められていることがとにかく幸せで。坂道は胸を熱くした。

ふたたび坂道の身体が割り開かれ、二つの身体が上下に重なった。硬い欲望の楔が徐々に穿たれる。
「ひ……うあぁ……っ……あぅ……いたっ、痛ぁぃっ……あぁぁ……」
指よりも太く、何よりも熱いものが侵入する圧力を感じて坂道の口端から勝手に声が漏れた。事前にある程度慣らしたとはいえ、男の欲望をはじめて受け入れるのはさすがに楽ではなかった。
「あー……すごく……キツくて、熱い……ショ……」
愛を交わすための小道具を付けた巻島は坂道の中に自分の欲望の全てを収めると、肌を密着させてひとまず動きを止めた。
「辛いっショ?無理矢理でごめんナ」
坂道がはじめて受け入れる痛みを労いながら、恋人の黒い髪を優しく撫でる。
「……だいじょおぶ、です、でも、なんか……へんな、の……うぁ……ぁ……」
繋がれた部分から初めて感じる破瓜の痛みと同時に、すべてを受け入れた喜びが混じって坂道の両目からしぜんに涙が流れ出た。
「悪ィ、あんまり我慢できねェんだ。動くぜ……」
腰を動かし、巻島は抽送を始めた。最初はゆっくり、徐々に激しく。
「あっ、あん……あっ、あぁっ……」
身体を揺さぶられて、内側をかきまぜられ、奥を突かれて、ふたりが繋がっている部分からずちゅ、ずちゅっという淫らな音が部屋に響く。
「あっ……ぁっ、あっ……、ぼくの、からだ……きもちいい……ですか?」
虚ろに開いた目で坂道は巻島に問いかけた。
「すごく、良いぜ……お前の中……んぅっ……さかみち、は……?」
「よく……わかんない…けど、…ふあっ、へんな、かんじ……で……っ、ぁん……あぅ……」
はじめは痛みをこらえるだけで必死だったが、徐々に熱い摩擦に坂道の身体のすべてが溶かされていく。
「……すき、すきです……ゆうすけ、さま……うれしい……っ、うれしいです……あっ、あぁっ……ぁんっ……」
「さかみち……あ、ぐっ……」
可愛い恋人の中で巻島は快楽の頂点に達し、深い秘密の中で全てを放った。



「……ふぁ。あれ、ボク……?」
「おつかれっショ、坂道」
気がつくとベッドのシーツに包まれ眠ってしまっていた。
しかも裕介さまから優しく腕枕されているというおまけ付きだ。窓の外はすっかり暗い。今何時くらいなんだろ……。
「起きなきゃ……夕飯の……したく……」
うわ言のように坂道は呟く。しごとしごと。
「今日の主人はオレだけだし、ここで寝てていいショ」
「でも……」
坂道は戸惑った。
「これはご主人様の命令、ショ」
ショートの黒髪を巻島からよしよしと撫でられて、坂道の身体から力が抜けた。
「……それに、すぐには起きれないと思うぜ?」
「はっ。ううっ……」
身体の位置を動かそうとして、下半身のひりひりする痛みに気づき、坂道は頭ごとシーツを被った。
「何やってんショ」
「は、恥ずかしいです……」
「まぁそう恥ずかしがるなヨ。坂道、オレはすごい良かった……ショ。有難う」
坂道がかぶったシーツを剥いで、可愛い唇に軽くくちづける。
「……ゆ、裕介さま」
「坂道が許してくれるなら、またしたいと……思ってる、ケド。お前はどう思ってる?」
坂道は巻島の方にそっと身をすり寄せた。
「えへ、ボクも……。あっ、でも、今日はもうダメです。……さすがに」
「クハ、そん位分かってるショ」
部屋を暖かくしておくから、このままゆっくりおやすみ。次は坂道の額にキスを落とした。
「一つお願いしてもいいですか?」
「何ショ」
「あのっ……いっしょに寝て下さい」
あっ、寝るっていってもエッチなことじゃなくて、ですね……坂道は続けた。
「いちいち付け足さなくてもいいだろ……ここはオレのベッドだし、そんなの、当たり前だろ?」

隣ですう、すうと規則正しい坂道の寝息が聞こえる。時々、にこっと天使のような無垢な笑顔を浮かべる様子が愛らしい。小さな手を握ると坂道の手のひらは所々ざらざらと荒れていた。坂道と同じ年齢の子どもは(巻島自身だって)まだ親に庇護されているものだが、両親が失踪した今の彼女には後ろ盾になる人間が居ない。坂道は巻島家の他の家族にも愛されているし、3食個室付きで住み込みの一般的なメイドとしては良い条件で雇われているはずだが、それでもやっぱり苦労してるんだナ、と巻島は感じた。まずは今度、よく効くハンドクリームを買って、塗ってやろう。
坂道が巻島家のメイドになった件は今後のことも考えて学校ではごく一部の人間を除いて秘密ということにしている。バレないように一緒に外を出歩くことも極力避けているくらいだ。そんな環境の二人は、まして、恋愛関係になったことは家族にだって言えない。
でも。こうなった以上、オレが全力で坂道の事を守ってやらなきゃな……と、巻島は決意を固め、天使の横で静かに眼を閉じた。



カーテンの隙間から明るい陽射しを感じて巻島は目を覚ました。昨日と違って見事な晴れ空。しかし、隣で寝ていたはずの坂道が居ない。しかし、普段使わない部分の肉体の気怠さと、シーツに残った僅かな染みで昨日のことが夢ではないと知った。階下に降りると、キッチンからコンソメスープの美味しそうな匂いがする。
「坂道、おはよう」
「あっ、裕介さま……おはようございます。今起こしに行こうとしてた所で……。ちょうどご飯できましたよ」
「身体。大丈夫っショ?」
「えっ、あっ。はいっ……。」
ま、まだちょっとだけ痛いけど……大丈夫です。も、もう子どもじゃないですしボク。えへ。照れながら坂道は微笑んだ。
テーブルの上にはトーストした厚めのパン、ハムを入れた目玉焼きとオニオン入りコンソメスープ、焼いたソーセージなどが皿に載った、温かい出来立ての朝食セットが乗っている。
「坂道は食わねェの」
席についた巻島はトーストしたパンをもぐもぐしながら聞いた。
「使用人は後で食べるんです。って事はご存知でしょう」
「今日はオレが主人だから、今、ここで二人で一緒に食べようぜ。これ命令な」
それってなんかズルいです。もう……。文句を言いながら坂道は新しくトーストしたパンを取り出しスープに浸して食べた。
「あっ、その食べ方はママンに行儀悪い、って怒られるっショ」
「ボクは庶民だからいいんです。ふふ、美味しいな」
美味しい朝食を食べる坂道の顔がいかにも幸福そうだったので巻島も真似をして食べた。いつもより美味しい……ような気がする。
「なんか、こういうのって、『味』じゃねーのかナ……」
「……何か言いました?」
「いや、何でもねェ……」
巻島は首を横に振った。

「坂道、口元にソーセージのケチャップ付いてるショ」
「えっ、ほんとですか」
坂道は自分の顔に手を伸ばして口元を拭おうとするが、鏡が無いので取れたかどうか分からない。
「……取れましたか?」
「まだ付いてるっショ」
手伝ってやるヨ。と食べかけのフォークを置いてすっと席を立った巻島は、坂道の傍らまで近寄ると手を伸ばして小さな体を抱き込み、背中に触れた。
「えっ。まだご飯中なのに、ちょっと……」
少し抵抗する口振りを見せた坂道の指を巻島は片手で止めて、そのかわり可愛い唇に接吻を落とした。
「……ケチャップは冗談だヨ。すぐ騙される……」
「また嘘ついて。ひどいです……」
巻島の挙動に呆れつつも、坂道も、か細い両手を彼と同じようにそっと伸ばして恋人の背中を掴んだ。
「そ、その……。お前の事、大切にするから。離れんな」
一字一句区切るように巻島は坂道に伝える。
「は……ハイ……。勿論、です。ボクも好き、です。裕介さま……」
スープが冷める時間まで二人はそのままお互いを離さなかった。

「今日は一緒にドラッグストアに行くっショ」
「二人で。ですか?」
ボクたちのこと、皆に秘密にしてるのに、バレちゃいますよ。坂道はさりげなく遠慮した。
「『偶然途中で会った』ってことにすればイイっショ。オレたち、同じ部活のチームメイトなんだしさァ。そうすれば、特に不自然じゃねェだろ?その後は……スタバでお茶でもして」
出掛けるのにそのメイド服じゃマズいから、私服に着替えて来いヨ。できるだけ可愛いやつナ。と言われて坂道は使用人室の方に急いで走っていった。
「じゃ、ボクたちこれから初デートですね。嬉しい!」
という言葉を残して。
「デート……か。クハ」
照れ隠しに巻島は長い髪をかきあげる。

窓の外の青空の小さな雲の間に、結ばれたふたりを祝福するような小さな虹がかかっていた。


【おわり】
2012/07/09 香葉しい+七篠