ホームドラマ(1)

40歳過ぎて再会し、うっかり付き合い始めた巻島x坂道。……と「靖友くん」が出てきます。


【注意※】
未来設定、パラレル気味 / 年齢・時間・場所操作有り/ あの夏のインハイから20年ほど後の話。今のところコメディ路線。

そんなムチャな設定でもなんでもOKです!って方のみ先にお進み下さい。
ノークレーム・ノーリターンでお願いします(ヤフオク風)



***

1)40歳過ぎた巻島と、恋人になった坂道のひみつ

「わっ、もうこんな時間。ボク、そろそろ帰らないと」
都心の空に少しの星がまばたく夜の帳のなか、巻島のマンションの洒落た寝室にある数字のないシンプルな掛時計を見ながら、坂道はベッドの縁に腰掛けて白いシャツのボタンをかけはじめた。
「こんな時間って、まだ8時半っショ。坂道ィ」
まだ服を着ないままでベッドの中にいる巻島は、四十過ぎた現在でも細い坂道の腰骨をスッと撫でた。さすがに毎日熱心にロードに乗っていた十代の頃ほど痩せてはないが、ふたりともまだ細身で腹が出てなくて良かったナァと巻島は感じる。……もしかしたら、これが間違いの始まった原因のひとつかもしれないケド。
「明日は仕事ですし、遅くなるのはちょっと」
巻島さんみたいに自由な仕事じゃないから、ごめんなさい。と中規模の雑貨メーカーに勤めるごく普通のサラリーマンの坂道は苦笑いで謝った。あの頃の面影を残した童顔ではあるが、多少くたびれたスーツを着て歳相応の格好をした坂道は「ボク総務部の係長なんです」と巻島と再会したときに話していた。

――卒業後にイギリスの大学に留学して、そのまま海外で仕事を始めた巻島が日本に戻ってきたのは15年後、33歳の時だった。それから数年後、特殊な専門分野の翻訳家兼コーディネーターとしてフリーになり、都内の分譲マンションを根城にして気楽な独身生活を送る巻島がつい半年ほど前、新宿の雑踏の中で偶然坂道と再会した際は本当に驚いたものだ。長い年月は彼らの連絡を永く途絶えさせていたが、あっという間の数分でふたりは昔の親しさを取り戻し、そのまま酒場に踏み込んだはいいが何らかの天の配剤、もしくはイタズラな過ちが働いてふたりは大人の関係を持ってしまった。長い海外暮らしの間に性の相手は男女問わずとしていた巻島だが、まさか、坂道と寝ることになるとは完全に予想外で。可愛い後輩を巻き込んだことに多少の後悔はあったが、大人の分別が悪い方向に「ええい、どうにでもなれっショ」とギアをハイに入れていた。

「フリーの仕事っても、そんな気楽でもねェヨ。いくつか締切も迫ってるしさ。……しかし、オレたちももうアラフォーなんだしサァ、まだ坂道の家はあの母ちゃんがうるさかったりするのか?」
「母は今は一緒には住んでないですよ。今は……いや、何でもないです」
(あれ、なんか不味いところに触れちまったか)
急にバチッと発生した静電気に触れた気分になった巻島は眉をひそめて、陰のある表情を取った坂道に伸ばした甘い手をひっこめた。四十も過ぎると人間それぞれ色々事情がある。どうやら坂道の家も例外ではないらしい。しかし、巻島は一つだけハッキリさせておきたかった。
「坂道。お前ってさァ、今は独身……なんだよな?」
「前にも言いましたけど、そうですよ。ボクは巻島さんとは違ってバツイチですけどね……。じゃあ、帰ります」
この部屋に来た時と同じようにすべての服を身に付けた坂道は巻島に顔を近づけると挨拶代わりに唇を軽く奪い、また来週来ますねと目尻に皺を寄せて人懐っこい表情で微笑んだ。お互い知り合ったのは初心な高校生の頃だとはいえ、もう青くさい頃のままではなかった。

「あいつ、誰かと一緒に住んでるのか……。でも坂道って、兄弟居ねェ一人っ子のはずだし。うーん。何かペットでも飼ってるとか? 犬か、猫か、それとも……」
独り残された部屋で枕代わりのクッションを坂道の代わりにぎゅっと抱きしめながら巻島は静かに思いを巡らす。
――半年ほど前の運命を変えたあの日から、週末の度にデート及び不健全なお付き合いを重ねているふたりだが、初めの過ちの日を別にして坂道がこの巻島のマンションに泊まっていったことは一度もなかった。どんなに遅くなったとしても、かならずその日のうちに千葉の自宅へ帰っていく律儀な坂道。

基本的に真面目な坂道の性格で籍を入れずに他人と同棲しているというのも考え難いし、巻島から身体の中心にいくつか鬱血の跡を付けられる行為も特に嫌がってはいないから他に恋人もいなそうだ。人付き合いや、まして恋愛にもそんなに積極的な方ではなさそうだし。
「……ま、とりあえずはイイか」
いまが、楽しいしナ。巻島は深く考えるのを止めた。そうだ、そのうち一緒に旅行とか行きてェなァ。ペットがいるならどこか預ければいいし。ペット可の宿とかもあるんだったか?
「こういうのは、思い立ったが吉。っショ」
服を着終えた巻島は隣の仕事部屋のノートパソコンを早速立ち上げに向かった。

***

翌週の土曜日の午後。巻島と坂道は巻島のマンションの近所のカジュアルなイタリアンにいた。
「……旅行、ですか?」
程よくざわついた店内で食後のシャンパンを飲みながら、巻島は旅行会社のパンフレットを数冊カバンから取り出した。
「あぁ。オレたち付き合ってからそろそろ半年くらい経つだろ?記念といったらアレだけど、どこか遠くに泊まりに行くのもいいかナって。温泉とか、観光とか。勿論おまえの仕事のスケジュールも考えて……えーと、土日は基本休みなんだよな?どこか行きたい所ある?」
「あの。ええっと、それはちょっと……」
何故だか坂道は口ごもり、フォークをコトンと机に置いてトマトソースの付いた唇を紙ナプキンで拭った。

(どうしようかな……言ってしまったら、フラれちゃうかも。でももう、これ以上隠していられないよ)
巻島に旅行の話を持ち出されてから、軽く俯き唇を一文字に結んでしばらく何かを考えていた坂道だが、意を決したようにぐいと顔をあげて口を開いた。
「あの、巻島さん。今度……ボクの家族に会っていただけないでしょうか」
あなたとマジメにお付き合いしてること、ちゃんと言っておきたいんです、家族に。坂道は真面目な顔で巻島の目をまっすぐ見た。
「おまえの家族、って。ご両親にか?」
「親では、ないです。ええっと、あの……ボク、巻島さんにこの事を話したら嫌われるかもしれません。せっかく付き合ってるのにそんなのイヤだよって思って、ずっと黙ってたんですが、いつまでももう隠しておけないだろうと……」
「坂道? どうした」
恋人のただならぬ様子を察して巻島もグラスをテーブルに置いた。
「だから、この話を聞いてもボクのこと、嫌いにならないでほしいです」
そう前置きして、坂道はおそるおそる巻島に秘密を打ち明けた。
「今まで黙っていましたが、実は、子どもがひとりいるんです。ボク……」
「え。……ええェッ!」
思わぬ展開に巻島は身を凍らせ椅子から転がり落ちそうな衝撃をうけた。ま、マジかヨ。この坂道が、父親ァ!?……しかし、それなら確かに坂道がオレの家に泊まらない理由にも納得がいく。
「大学のときに付き合ってた同級生の子と卒業後すぐ結婚して、生まれた男の子なんです。でも彼女とは色々あって別れることになってしまって、それからはボクが引き取ってずっと独りで育てました」
この子です。坂道はパスケースから一枚の古い写真を取り出して巻島に見せた。それには丸々とした健康的な顔つきの可愛いらしい男児が写っていた。スモックらしき衣服を着ているので幼稚園児、だろうか?
「昔の写真です。いまは高校生なので、もっと大きいですけどね。ボクより背も高くなっちゃって、親バカって言われるかもしれませんがスラッとしててなかなか格好いいんです」
ちょっと反抗期っぽい時もあったけど、ほんとうは素直な良い子で。坂道は誇らしさを含んだ大らかな父親の笑顔を、付き合い出してからはじめて巻島に見せた。
「今まで黙っていてごめんなさい、巻島さん。ボク……この子のお父さん、なんです」

坂道から意外な話を聞かされて巻島はしばし考えを巡らす表情をしたが
「……そっか。そういえばオレたち、もうそういう年齢なんだよな。オレは気にしねェよ。だって、お父さんでもおまえはおまえ、坂道は坂道。だろ?」
むしろもっと早く言ってほしかった位さ。オレも一度会ってみたいよ、坂道が育てた子ならおまえと似ててきっと良い奴だと思うっショ。と大人の余裕を取り戻し、目を細めて微笑みながら巻島は坂道の手を取りそっと優しく撫でた。年齢を重ねて、皺もできた坂道の手を。
「いままで隠していて、ごめんなさい」
ぐすっ。必死の思いで秘めていた真実を遂に打ち明け、否定されずむしろ温かく受けいれられて感極まった坂道の目にこみあげるものが光った。
「バツイチで、子持ちのボクですが、本当にいいんですか?しかも、あなたに嫌われたくなくて今まで隠してた臆病者なんですよ」
「そんなのは気にしなくていいっショ。誰だって言いたくないことはあるさ。おまえこそ、大変だったんだナ。……独りで育てるのはしんどかっただろ?」
坂道はまた俯いた。目の前が潤んで何も見えなくなった。テーブルクロスにこぼれた雫は苦労した彼の長い年月の欠片だった。
「ごめんなさい。そして、ありがと、巻島さん……」
うっ、ううっ……と坂道は声を殺して嗚咽した。数分経ち、しばらくしてメガネを外して瞼を拭うと
「あなたは昔とちっとも変わらないですね。やっぱり、かっこいいです」
雲が晴れた青空のように坂道は巻島に向けてにっこり微笑んだ。


***

2)悩める高校生、靖友

つい先日。平凡な人生の中、嵐のように突然彼を襲った斜め上すぎる意外な展開に、千葉県の高校生・靖友は「こんなの、ありえねェだろ……」とひどく悩んでいた。

両腕を組んで机に座る靖友はイラァ……と苦虫を噛んだような、ムシの好かない顔をしている。彼がこの、コワモテのチンピラすらキャンと鳴きシッポを巻いて逃げ出すようなドス黒い負のオーラを見せる時はよほど機嫌が悪い時だ。クラスメイトの皆が遠巻きにザワザワ見守っている中、ふらりと隣のクラスからやって来て靖友のひとつ前の机の上にひょいと行儀悪く腰掛けた新開は、持っていたいちご牛乳のパックジュースを飲み潰して靖友のほうを眺めた。「九十九里の直線鬼」と呼ばれ、脅威の速さでスプリンターとして高校ロード界で名を馳せる新開だが、普段の生活では鋭い角を見せることなく飄々と過ごしている。一方、この学校の自転車競技部のエースのアシストとして活躍する靖友は割と細かい性格で、同時に情が厚く他人への面倒見がいい所もあり好かれているが今日ばかりは負の面ばかりをかもし出していた。
(……えーっと。前に靖友がこんな風に「触るもの皆傷つける」ような顔をした時は家庭の事情を馬鹿にしてきたクラスメイトを殴ろうとした時だったかな?)
と新開は思い出す。皆で必死で止めたけど、あのまま殴っていたら謹慎でしばらく停学になるところだったかもな。

「どうしたんだ、靖友。今日はご機嫌ナナメだなぁ。おまえさんに釣られて周りもピリピリしてる、良くない空気になってるぜ」
「ってもよ、仕方ねェんだよォ……。おとついさァ、オレの父チャンが、駅前の喫茶店に恋人を連れてきて会わされたんだ。そいつが、ちょっと……いや、かなりイケ好かねェ感じのヤツで」
不平と不満を抱えた靖友は、親友に話をして気が晴れたのかちょっとだけ和んだ感じになったが、また膨れっ面に戻ってしまった。よほど父親の恋人がお気に召さなかったらしい。歯茎をみせて苛立っている。
「でも、靖友の親父さんはアレだろ?ずっと男手ひとつでお前さんを育ててきたんだろ。今は独身なんだし、だったら恋人のひとりやふたり居たっていいんじゃないのか」
恋人がふたりいたら揉めるからダメだけど、なんてな。ハハ。あらぶる靖友をいなしながら新開は付け足す。
「普通は、そうかも知れねェけど……。オレには、どうしても納得いかねーんだヨ、あんなヤツ」
「……まぁ、確かに『親の恋人』ってのは子どもにとっては認めづらいかも、な」
とはいえ、親だって独立したひとりの人間なんだし、そこは広い心で許してやらないと。などとおおらかに話し続ける新開を放置して

(まさか……そのオレの大事な父チャンの恋人が「ひょろ長い緑頭の変なオトコ」でした。だなんて言えねェ、それは絶対に言えねェよォォ……!)

はああぁぁ……。ため息をつく靖友の脳裏にあのムカつく緑頭の、ヘンにニヤけた顔が浮かぶ。その像を消したくて短い黒髪をわしゃわしゃ掻き乱すと靖友はもう一度深いため息を付き、もう何も考えたくねェ!とばかりにオリーブ色のカーディガンの裾口を掴んで重い頭を机の上にドサリと突っ伏した。

……しかしその数秒後。
「黒板消しなよ。今日日直でしょ?」
クラスメイトの女子から自分の苗字を呼ばれて現実に引き戻された靖友はしぶしぶ立ち上がり、クリーナーを手に取ると苛立ちを抱えたまま端に「小野田靖友」とチョークで自分の名前が書き込まれた緑色の大きな板をゴシゴシと乱暴に拭いた。

(まったく……ナンでオレがこんなヒデー目に遭わなきゃいけねぇンだよォォ!!!!!)
と心の中で叫びながら。

***

……先週の晩に、その予兆はあらわれた。

「靖友、ちょっと話があるんだけど今いいかな?」
「あ? なンだよ、父チャン」
あの……あのさ。夕食後、真ん中に丸いちゃぶ台のある和室で薄手の黒いデニムのエプロンを脱いで畳みつつ、床にもじもじ「の」の字を描きながら靖友の父親・小野田坂道は切り出した。童顔で、この年齢にしてはあまりスレておらず妙な可愛らしさがあり職場で「かわいいおじさん」「おじさんフェアリーの小野田さん」などと同僚の女性たちから陰で呼ばれているという(靖友は会社の家族バーベキュー会でこの話を聞いた)坂道父チャンはこれでも40代前半ともう若くはない。
「えーと……あの……」
「何だよ。ハッキリ言ってくれよ」
お互いの腹を探りあうようなうじうじしたやりとりは靖友は好きじゃない。
「……あのね。いきなりで驚くかもしれないけど、靖友に会ってほしい人がいるんだ。いいかな」
(……なんだよ。半年に一度会うことになってる実の母親には先月会ってきたばかりだし、そっちじゃねぇよなァ。はッ、コレは、もしや……)
勘の鋭い靖友の頭の中にレトロな電球がピコーンと灯った。
「まさか、恋人でも出来たの、父チャン」
坂道はコクン。と首を縦に振った。
「やっぱり靖友は鋭いね。……うん、実はそうなんだ」
頬を染め、初恋で胸をときめかす少女のような初々しい笑顔を坂道父チャンは靖友に見せた。

……確かにここ半年くらい、オレの父チャンは休日に出かけることが多くなったんだよなァ。と靖友は既に気付いていた。普段のオフではダサ……いや、くったりしたネルシャツとジーンズを適当に着ていて寝癖もひどいのに、最近は休みの度にジャケットを羽織ってちょっとだけお洒落をして、髪もちゃんと梳いていそいそと嬉しそうに出かける坂道父チャン。そうして夜10時過ぎに帰ってくるのだ。親の躾が良かった靖友は長年の父子家庭育ちで家事は一通りできるから父親の帰宅が遅くなることは構わないのだが、むしろ坂道が何故か毎回新しく寝癖をつけて帰宅してくることが靖友にとっては心配の種だった。
大学を出てすぐ結婚をして一人息子を設けたはいいが、移り気な性格の妻に三行半を突きつけられてしまいそれから男手ひとつで働きながらずっとひとりで靖友を育ててきた坂道父チャンには自由な時間が少ない。(未だ係長なのも子育てのために色々無理したのが原因らしい)
でも靖友が公立高校に進学して手がかからなくなってからは、好きなアニメを見たりプラモデルを組み立てたり、時々古いクロモリのロードに乗ったりと坂道は坂道なりに趣味を楽しんでいるところで、やっと恋人をゲットしたんだろうと靖友は想像した。

(地味人間な父チャンが好きな女性ってどんな人なんだろ)
黒髪で清楚なおとなしい系?ああ見えて割とメンクイっぽいから美人なのか。それともカワイイ系かなァ?童顔の父チャンだけどもうアラフォーだから、同じ年のババアでも、アラフォーくらいか……などと、靖友はひとり思いを巡らす。
大人同士の付き合いなら、そのうち再婚するんだろうか。靖友は再来年には進学して家を出るつもりだから、夫婦水入らずでちょっと田舎の古い一軒家(父チャンよりも年寄りなこの家のコトだ)で住むのもいいんじゃネェのかな。と靖友は漠然と考えた。

(――などと、いま思えば父チャンの恋人に実際会うまでは全くノンキに構えていたのだ。オレは)
ああ、自分のノンキさを呪いたいくらいだ。靖友は再び頭を抱えこんだ。

***

「どうも……巻島です、はじめまして。君が……ええっと、靖友くん?」
「……は、ハァァ!?」
駅前にあるチェーンの喫茶店で坂道と一緒に、その相手と顔を合わせた靖友は絶句した。鈍重な凶器で後ろから頭をガツンと殴られて、魂がボコッと口から飛び出したくらいのショック。言葉が出ねえってのはまさにこんな時だ!!
……な、なんと、坂道父チャンの恋人は「男性」だったのだ。
蜘蛛みたいに手足が妙に長くひょろりとした背丈で、ぎこちない笑みを浮かべた年齢不詳気味の細い顔、ビジュアル系のバンドマンのように玉虫色の緑髪を長く伸ばした『巻島』と名乗る詐欺師なみに怪しいオッサン。ここまで書き出してみてもマジかヨ……絶対関わりにはなりたくねェ(オレが道で会っても絶対避ける)感じだが、よりによって、父チャンの相手はコイツ、なの??しかもオトコ???なの???靖友は激しく動揺した。
「さッ、坂道父チャン!」
握り拳を固めた靖友はキッと強い眼差しで横にいる坂道をグイと睨みつけた。
「父チャンってさぁ、ゲイだったの?それでオレの母親と別れたってワケ?15年前に!」
「ゲイじゃない……と思う。普段は女の人の方が好きだよ。だけど、巻島さんはボクにとってとても特別なひとなんだ」
坂道は靖友に詳しく説明した。
「巻島さんは高校の時のボクの先輩で、すごく信頼してたんだ。今思うと『惚れてた』ってああいうことかなってくらいの気持ちで……だけど卒業してからは全然会ってなくて。でも半年前都内に出張に行った時に偶然新宿の街中で再会して、バーで飲んでた時に気持ちが浮かれちゃったというか、ヘンなことになっちゃって……。それから、大人同士でお付き合いし始めたんだ。お互い独身だしね」
……と。
「な……。ナニソレ。そんな話オレには全然ワケがわかんねェよ!クソぉっ!」
オレ、もう帰る!こんなおかしな話、カンベンしてくれよ!認め難い現実を目の当たりにさせられた靖友は、喫茶店を後にして脱兎のごとくその場から逃げ出した。突然降って沸いた話のワケのわからなさに靖友の頭がぐるぐるする。走って逃げるのも面倒くせぇ。ああ、こんなコトなら自転車で来ればよかったぜ。靖友は家までの長い距離をひたすら駆け抜けた。しかし急いで走る靖友に襲いかかる空気が、彼の足の進みを邪魔する。現実感とロードバイクのない体はどちらも今の靖友にはひたすら重く感じられた。
(くっそォ、色々な意味で胸が痛ェよ……)

自宅の玄関に辿り着き、ほうほうの体で靖友は冷たい木の床にドサリと倒れこんだ。慣れ親しんだ家の空気が彼の体を包む。だが、混乱した頭はちっとも冷えやしない。
「……もう、何が何だか判らねえヨ、父チャン……坂道父チャン……」
オレの、大事な、父チャンとオレのふたりだけの家族なのに。なんなんだよ、よりによってオトコ、しかもあんなヘンなヤツを選ぶだなんて。オレよりアイツの方が好きなの?そんなのヒドイよ、父チャン、坂道父チャン……。焦点のあわない瞳で靖友は廊下の白い天井をしばらく眺めつづけた。

――それから数日間、靖友は坂道父チャンと一切口を聞かなかった。坂道は何度か靖友に話しかけようとしたが、靖友は顔もなるべく合わせないように避けまくっていた。わざと朝早く登校して、帰宅後には二人分の食事を作ってから逃げるように靖友は部屋に閉じ籠もりつづけた。

***

数日後の土曜の夕方。
「……あの。靖友、起きてる?」
陽が落ちかけ、オレンジ色になったオレの部屋のドアの外からコンコンと響く優しいノックの音と坂道の声で靖友は浅い眠りから目を覚ました。いつの間にかフテ寝をしていたみたいだ。
「んだよ、今日はあいつの家行ったんじゃねーの。ったく……」
ベッドから身を起こした靖友は苛立ちを隠せない声で答えた。
「今日は断ったよ。……ごめん、この前は。驚かせちゃったよ……ね」
巻島さん、見た目が派手だから。それに……ボクと同じ、男の人だし。と言う坂道父チャンの声には元気がない。
「そ、そりゃあ、驚くだろ……。あんな、いきなりさァ」
「そうだよねぇ……やっぱり。普通じゃぁ……ないもんね」
深いため息と共に聞こえる坂道の声があまりにもひどく凹んでいたので靖友は急いで立ち上がりカチャ、とドアを開けた。
「……靖友」
しおれた犬のように廊下で俯いていた坂道はビックリしてハッと顔をあげた。
「訳わかんネーし、正直ショックだったヨ。あの……相手がまさかオトコなんてサ。……だけど、父チャンがアイツのこと好きっていうんならそれはもう仕方がねェんだろ?」
口とは逆に靖友は眉を寄せて渋い顔をした。坂道父チャンはこう見えてもわりと頑固で、大切なことを一度決めたら絶対に譲らないところがあると靖友はよく知っている。
(だから、オレが大人になって妥協してやらなくちゃダメなんだ。……仕方ネェケド)
敢えて靖友は苦虫を噛んだ。
「……ごめん」
「だから、せめてオレの前では付き合ってる姿を見せねぇんならイイよ。アイツと顔あわせんのは絶対ヤだけど、他のとこで会うんだったらオレもまぁ……何とかスルーできるしさ。父チャンの好きにしろよ」
靖友の妥協を聞いた坂道の黒目が子どものようにきらきらと輝く。
「ほ、ほんと? 巻島さんと付き合ってもいいの??? 靖友?」
「だから、好きにしろよって言っただろ、父チャン!!」
靖友は大きな声を出した。必死な目をした坂道を、靖友は邪険にはできない。せめてもの妥協案だった。
「あ……あ、ありがと!」
えへへ、やっぱり良い子だねー、靖友は。ボクの自慢の息子だよ!坂道は心底嬉しそうな笑みを浮かべ、両足の踵を上げて背を伸ばすと靖友の頭をよしよしと撫でた。

(自分で言うのは恥ずかしいケド、友達から『靖友ってほんとファザコンだよなぁ』といつも指摘されるくらいにオレは父チャンが好きだ。……だって、オレたちはこの世でふたりだけの親子なんだから)
なので靖友は基本的に坂道父チャンには逆らえないのだった。一時期靖友は少しだけグレかけたこともあったが、それでも坂道は靖友のことを見捨てないで大切にしていた。中学生の頃ケンカをふっかけてきたクラスメイトに靖友が軽く怪我させてしまった時にも坂道は靖友をかばい、相手の家で一緒に謝ってくれた。
(オレだけの大切な父チャン……)

***

と、まぁ。そんなわけで、坂道父チャンと巻島は靖友公認(黙認?)で付き合うことになったのだった。靖友の前では絶対カップル姿を見せない条件のかわりに。

(……だケド。まさかオレだってこの1ヶ月後にアイツ、巻島がひょんなことからオレと父チャンの住むこの家に引っ越してきて三人で一緒に同居する羽目になるなんて、あの日のオレは予想してなかったんだ……!)

ああ、オレの気の休まる日はいったい何時来るんだヨ。受難の靖友はふたたび頭を抱えて髪を荒っぽくガシガシ掻きむしった。


【続く!(のかなぁ?)】





<あとがきというか言い訳というか>
「アラフォーの巻坂 と 坂道父チャンが大好きな靖友」だなんて
あまりにもアレ な設定にここまでお付き合いいただきありがとうございました。
妄想すみません……。
お話自体はもう最後まで決まってるんですが、続くかどうかは不明です;
反応があれば続くかも?
よろしければ拍手や感想などいただけると有難いです。

2013/10/22 七篠