「猫も喰わない」- 妄想会議

猫も喰わない

(※R-18ではないですが、色っぽい描写があります)



「なんか、猫みてぇだな」
「はァ?猫だケド?」
違う、そいつじゃねぇよ、おまえのことだ。とオレ、田所迅は付け足した。

太陽がまだ顔を出している夕方から裸で汗をかくヤらしい行為を終えてベッドの上でダラダラしていたオレたちの、すえた臭いがほんのり漂う狭い部屋に白黒模様の猫が音もなく階段を登ってやって来た。
「ニャア」
「こっち来いよ……」
尻尾を軽く揺らしてゴロゴロと人懐っこく喉を鳴らすこの猫を、巻島はすくい上げて頬を寄せる。オレは断然犬派っショ、と言い張るくせにこの不細工な猫のことは妙に気に入っているみたいだ。
「クハ、カワイイっショ」
「そうか?コイツ毎日家に来るから慣れちまったな」
タマの可愛さが分からないなんて、田所っちセンスねェ。と巻島はひどく残念そうにぼそりと呟く。

(そのセンスねぇやつと、このベッドの上でさっきまで派手に腰を振ってたのは誰なんだ、オイ)

今日起こった「ある出来事」で微妙に機嫌が悪いオレはそう言ってやろうかと思ったが、今ここでケンカするのもナンだし、オレはすんでの所で口を閉ざした。
それに、そいつの名前はタマじゃなくてノブナガだ。……とはいえ、首輪をしていない所から判るがコイツは飼い猫じゃなくてあちこちの家で餌を貰ってるノラ猫だから、それぞれが勝手に呼んでるだけで本人(本猫?)の名前は誰も知らない。

「おまえ、猫とじゃれてないでいいかげん服着ろよ」
夏でも風邪引くぞ。来週イギリス行くんだろ、日本から病原菌を土産に持っていく気か。とオレは巻島に向かって説教した。
「そうだなァ、風邪ひかないナントカな田所っちと違ってオレは風邪引く可能性はあるかもナ……。んー?ヨシヨシ」
オレの言葉を適当にいなしながらベッドに腰掛け、派手な色の下着姿のままで巻島は膝の上に猫を乗せてナデナデしている。ノブナガは餌は貰いに来てもあまり人間と慣れあおうとはしないが、何故か巻島とは相性がいいらしく、巻島がこの部屋にいると勝手にやって来ることが多い。今日も無防備に白い腹を見せて撫でられることに専念していた。目を細めて「ここは天国だニャァ」という顔をしている。

(なんか変なフェロモンでも出てるのか、巻島からは……)
そんなことを言ったら、オレだってこのフェロモンにやられたことになる。最初はただのチームメイトだったのに、いつの間にか惹かれほだされて、お互いを深く求め合うようになってしまったオレと巻島。こんなふうになってからもう一年くらいになるだろうか、チームメイトの金城にすら言えない関係をオレたちは密かに続けていた。今日も練習後に巻島はオレの部屋に寄ってベッドの上で「一汗」かいたところだ。
「でもよ。せめてオレにはもっと早く言ってほしかったのによ。水臭いぜ」
「あー。ナンのことショ」
「……今回の、留学のことだ!!」
トボける巻島にオレは思わず声を荒立てて、枕代わりにしているクッションをボスッと軽く投げつけた。今日発覚した巻島の突然の留学話は寝耳に水で。他の皆も一斉に目を丸くして驚いたが、恋人のオレにすらこの男はいままで隠していたのだ。いつも当たり前のように一緒に居た巻島がここから居なくなる衝撃は勿論、話せないくらいオレは信用されてねぇのかという事もオレにとってはショックだった。
「……だって、本決まりの前に田所っちに話しちまったらオレの留学する決意、揺らいじまいそうな気がしてよォ」
相変わらず猫を撫でながら巻島はすねた顔でぼそりと呟いた。妙にしおらしいその態度に、心の中で暴れていたオレの握り拳がスッと収まる。
「だから、全部決まるまで黙ってたんショ。もう引き返せないようになるまでサ……。カッコ悪いだろ、途中でヤメるのは」
そうだったのか……。力が抜けたオレがベッドの上にドカッと腰を掛けながら
「オレのこと、嫌いになったかと思った」
息を吐くようにぼそりと呟いた、その言葉で白い毛をかきわける巻島の手が止まる。
「んなワケねーだろ、田所っちィ」
巻島は猫をベッドの下の脇に降ろして解放すると、今度は猫でなくオレの腹を撫ではじめた。筋肉が締まって凸凹している部分を指でゆっくり辿る。
「嫌いになっちまったなら……まさかこんなことはしねェだろ?」
細く長い指は徐々に下の方に降りてきて、繁みを掻き分け欲望を煽る。オレ達のただならぬ気配を察したのか、猫は部屋の隅に身を潜めそっと姿を消した。
「ちょ、おい……ヤメろ。またヤるつもりなのかよ」
「田所っちは、嫌ァ?」
「……そ、そりゃ、イヤじゃ……ねぇけど……」
そォだよなァ、こっちの田所っちも嬉しそうにしてるぜ。しゃがんだ巻島は玉虫色の頭をオレの太い脚の間に沈め、グルメがご馳走を見つけた時みたいに舌をぺろりと出した。臨戦態勢になった下半身とは逆に、奴のいいなりに流されてしまったオレの心は悔しくなったが、その気持ちも全身を染める欲にいつの間にか掻き消されてしまった。

***

「オレさ、田所っちのこと好きだぜ。好きだけど、オレがやりたいことは向こうでしかできねぇんだ。だから、行くって決めたんショ」
練習の残りですっかり温くなったスポーツドリンクを一口すすった後で巻島は言った。
「巻島、おまえが居なくなったら、浮気しちまうかもしれねぇな」
欲に流されちまった悔しさからオレが軽口を叩くと
「ンなことしたら、殺す……」
ドリンクボトルを置いて口元に僅かに残った白い濁りを拭い、かぎりなく殺気に近い色気を醸しながら真剣な瞳で半身を緩く起こした巻島はオレの顔をぐいと覗きこむと、オレの上に覆いかぶさり薄い唇で情熱的にオレの舌を貪った。青臭い味が混じった唾液をオレはごくりと飲み込む。
「それに、オレは田所っちが浮気するような性格のヤツじゃねェって知ってるから大丈夫なんショ」
釘を刺すつもりだったんだろうが、オレにはどこか巻島が自分の心のなかに宛てて言い聞かせているようにも感じられた。
「……心配しなくても、別に浮気なんかしねえよ、オレは」
「クハハ。さすが田所っち」
信じてる、ショ。別れてても、好き……だぜ。と巻島は続けてオレの耳元にそっと唇を近づけると甘く低い声で囁いた。

「しばらくできねェからさ。田所っちの厚い胸とか、あったかい鼓動とか、この硬いカタチとか、熱さとか。じっくり、覚えときたいんショ……」
そう呟きながらオレの上に跨った巻島は、熱された欲望を掴んでゆっくり腰を落とし、自らの中に招き入れると激しく動き出した。被さった身体からぽつ、ぽつと滴り落ちた汗が口に入る。それを舐めるとじわりと濃い味がした。――巻島の、味だ。



夕暮れを通り越した外はすっかり暗くなり、重ねた行為で気だるさが身体を支配する中、シャツを纏った巻島はふあぁ。とあくびをしながらゆらりと背伸びをした。蛍光灯の下で、白く細い背中が眩しい。
「まァ、オレもたまにはこっちに帰ってくる予定だからサ」
しばらくは黙って独りでヌイてろよ。オレが帰ってきた時には田所っちの腰に乗って『もう止めろ』ってヒィヒィ言うくらいイッパイしてやるからよォ。と、平然とした顔で巻島はとんでもないことを抜かしやがった。
「とんだ色ボケヤロウめ、やっぱり浮気してやるからもう帰ってこなくていいぞ、バカ」
「ひでぇなァ……」
巻島はどんな娼婦も勝てないほど艶然とした微笑を浮かべ、眩しそうに目を細めてオレを見つめた。長いまつげが誘惑的に揺れる。
(あぁ、こいつにはきっとかなわねぇ)
この細くエロい身体を、波のようにさざめく玉虫色の髪を、快楽に歪むまなざしを、色濃く吐く息を、ダンシングのように情熱的に揺れる腰を、切なく震える欲望の味を、オレは忘れられずにひたすら待ち続けるんだろう。心の中でオレは白旗を上げた。苦く甘い大人の気持ちだ。

いつの間にか部屋の隅で寝ていた猫が、目を覚ましたのか「ニャアォ」と一声鳴いた。

【終】

2013/09/11 七篠